肺血栓塞栓症

EBM 正しい治療がわかる本 「肺血栓塞栓症」の解説

肺血栓塞栓症

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 血栓(けっせん)(血液のかたまり)などが肺動脈につまった状態を肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)といいます。生命にかかわることもある危険な病気です。
 症状は、血管の閉塞(へいそく)の程度と閉塞までにかかった時間によって、自覚症状がまったくないものから、突然死まで大きく異なります。突然の胸痛(きょうつう)や呼吸困難、血痰(けったん)、頻呼吸(ひんこきゅう)(呼吸数が増え酸素の取り込みができなくなる状態)、動悸(どうき)、失神などの症状がおこりますが、肺血栓塞栓症に特有の症状はありません。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 静脈の血液は心臓(右心房と右心室)をいったん通過し、肺の血管を巡って心臓(左心房)に戻ります。このとき、血液に血栓などが混ざっていると、網の目状になっている肺の血管につまることがあります。このようになんらかの物質が肺の血管につまって肺の循環障害がおきている状態が肺血栓塞栓症です。
 血管のつまりの原因の大部分は下肢(かし)の静脈の深部にできた血栓(深部静脈血栓症(しんぶじょうみゃくけっせんしょう))で、ほかに脂肪や空気、がん細胞などが原因になることもあります。
 肺血栓塞栓症の要因としては、長期にわたる寝たきり、骨盤や下肢の外傷、外科的手術、妊娠・出産、心不全や心房細動(しんぼうさいどう)などの心臓の病気、肥満などがあります。また、先天的に血栓がつくられやすい血液をもつ人がいます。そうした人は、若くても発症しやすいといわれています。

●病気の特徴
 肺の比較的太い動脈、あるいは多数の血管で一度に閉塞がおきると、急激な経過で死に至ります。急性肺血栓塞栓症の死亡率はおよそ11.9パーセントと報告されていて、これは急性心筋梗塞よりも高い値です。いままで国内での患者数は米国の8分の1程度とされていましたが、昨今の食生活の欧米化などを反映して、増加傾向にあることが確認されています。肺血栓塞栓症を治療しなかった患者さんの再発率はおよそ50パーセントとされ、再発した患者さんの約半数が致命的な状態となります。(2)


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]呼吸と血液の循環を管理する
[評価]☆☆
[評価のポイント] 呼吸と血圧など不安定な全身状態をしっかりと管理することが不可欠です。臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見と経験から支持されています。

[治療とケア]抗凝固療法(こうぎょうこりょうほう)を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] これまで急性期の治療には、即効性のある未分画ヘパリンが多く使用されていましたが、最近ではフォンダパリヌクスナトリウムなどの新薬が代替として用いられています。フォンダパリヌクスナトリウムの効果や合併症は、未分画ヘパリンと同等であることが臨床研究で示されています。(3)

[治療とケア]血栓溶解療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 現在、日本で肺血栓塞栓症の血栓溶解療法に用いられているのは、rt-PA(遺伝子組み換え組織型プラスミノゲンアクチベータ:モンテプラーゼ)です。広い範囲に血栓塞栓症の影響が及んでいるときに使用されます。血流を改善する効果に関しては、通常の抗凝固薬より高いといわれていますが、予後の改善効果に関しては示されていません。出血性の合併症が多いとの報告があります。なお、出血する危険性が高い人には行うことができません。(4)~(6)

[治療とケア]カテーテルを挿入し、血栓を吸引する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 急性で大きな血栓の場合、カテーテルという細い管を血管内に挿入して、肺動脈につまっている血栓を直接吸い取る治療が行われることがあります。良好な結果が得られたという報告はありますが、まだ十分な臨床研究の結果が蓄積されているとはいえません。(7)

[治療とケア]手術(肺動脈血栓除去術(はいどうみゃくけっせんじょきょじゅつ))によって血栓を取り除く
[評価]☆☆
[評価のポイント] 広範な肺血栓塞栓症では適切な内科的治療を行っても、呼吸の状態や血液循環が改善しないことがあります。その場合、手術(肺動脈血栓除去術)を考慮します。(10)

[治療とケア]下大静脈にフィルターを挿入する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 下大静脈とは、下肢と心臓を結ぶ太い静脈です。肺血栓塞栓症では下肢の静脈にできた血栓がはがれ、この下大静脈を通って肺動脈を閉塞させて発症する例がもっとも多いとされています。そこで、下大静脈にフィルターを入れることで、はがれた血栓を肺に到達する前に捉えることができます。下肢の付け根の血管からカテーテルを挿入し、フィルターを留置します。下大静脈フィルターの長期的な有効性に関しては、まだ臨床研究のデータが不足しており、検討の余地があるといえます。

[治療とケア]長時間の寝たきりや座った姿勢を避ける
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 手術後などで長時間寝たきりの人や、飛行機などで長時間座った姿勢を続けている人は、脚の静脈に血栓ができる危険性が高まります(エコノミークラス症候群・旅行者血栓症)。そうした血栓が肺血栓塞栓症の原因となり得るので、長時間にわたり同じ姿勢をとり続けないようにしたり、体操などをしたりすることが予防につながります。(10)

[治療とケア]弾性ストッキングもしくは間欠的空気圧迫法で血栓の形成を予防する
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 下肢を圧迫することで、表面の静脈に流れる血液を減らして深部の静脈の血流量を増やし、血栓を予防します。弾性ストッキングは安全に深部静脈血栓症を予防しますが、リスクが非常に高い人への予防効果は少ないといわれています。このような患者さんには間欠的空気圧迫法が考慮されます。ただし、圧迫を開始する時点ですでに深部静脈血栓症がある場合は、肺血栓塞栓症を誘発するおそれがあるため、事前にその存在を否定する必要があります。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。(8)(9)


よく使われている薬をEBMでチェック

抗凝固薬
[薬名]ヘパリンナトリウム(ヘパリンナトリウム)(3)
[評価]☆☆☆
[薬名]ワーファリンワルファリンカリウム)(3)
[評価]☆☆☆
[薬名]アリクストラ(フォンダパリヌクスナトリウム)(3)
[評価]☆☆☆
[薬名]リクシアナ(エドキサバントシル酸塩水和物)(3)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 初期治療では、未分画ヘパリンもしくはフォンダパリヌクスナトリウムが使用されます。維持治療では従来、ワルファリンカリウムが使用されてきましたが、最近は第Ⅹa因子阻害作用をもつエドキサバントシル酸塩水和物の使用が増加しています。血液を固める際に重要な役割を果たすのがトロンビンという酵素です。エドキサバントシル酸塩水和物はこのトロンビンをつくりだす過程にかかわる第Ⅹa因子を阻害して血液を固まりにくくします。その効果はワルファリンカリウムに劣らないとされ、定期的な血液検査も不要です。

血栓溶解薬
[薬用途]rt-PA
[薬名]クリアクター(モンテプラーゼ)(4)~(6)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 血栓溶解薬は、血栓を速やかに溶かす作用をもつ薬です。血流改善効果に関しては通常の抗凝固薬より高いといわれていますが、予後の改善効果に関しては示されていません。また出血性の合併症が多くなるといわれています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
まずは信頼性の高い血栓溶解薬で
 肺血栓塞栓症の診断には、造影CTや肺血流シンチグラフィーによる検査が必要です。そこで、突然の呼吸困難や強い胸部痛など、肺血栓塞栓症が疑われる症状が生じた場合は、できるだけ早くこうした検査ができる医療機関を受診することが必要です。
 診断がついたら、ただちに抗凝固薬もしくは血栓溶解薬を使用します。

危険な場合は外科的な手術を
 比較的太い肺動脈の塞栓で、呼吸困難が強く、血圧低下が認められる重篤な場合は、開胸術あるいはカテーテルを用いて肺塞栓を取り除く治療が必要になります。
 急性期の死亡率は発症1時間以内で約10パーセントと非常に高いため、危険な状態と判断された場合は内科的な治療ではなく、手術による血栓除去術が行われます。
 その後、いったん症状が落ち着いたら、ワーファリン(ワルファリンカリウム)やリクシアナ(エドキサバントシル酸塩水和物)などの抗凝固薬で血液が固まるのを防ぎます。これらの薬の副作用として出血の危険性があるため、モニタリングが必要なワルファリンカリウムでは、定期的な血液検査で状態を確認する必要があります。下肢にできた血栓が肺に到達しないよう、下大静脈にフィルターを挿入する治療もあります。これは抗凝固薬が使えない場合などに行います。

弾性ストッキングで予防を
 弾性ストッキングの着用により、血栓を予防することが期待できます。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されている方法です。
 また、長時間の寝たきりや座った姿勢をとり続けることは血栓症のリスクを高めますので、予防を心がけることも大切です。エコノミークラス症候群の予防には、水分摂取、定期的な下肢のマッサージや軽い運動などがあります。

(1)日本循環器学会学術委員会合同研究班. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン (2009年改訂版). 日本循環器学会.
(2)Sakuma M, Okada O, Nakamura M, et al. Recentdevelopments in diagnostic imaging techniques and management for acute pulmonary embolism: multicenter registry by Japanese Society of Pulmonary Embolism Research. Intern Med. 2003;42:470-476.
(3)Buller HR, Davidson BL, Decousus H, et al. MatisseInvestigators. Subcutaneous fondaparinux versus intravenous unfractionated heparin in the initial treatment of pulmonary embolism. N Engl J Med. 2003;349:1695-1702.
(4)Agnelli G, Becattini C, Kirschstein T. Thrombolysis vs heparin in the treatment of pulmonary embolism: a clinical outcome-based meta-analysis. Arch Intern Med. 2002;162:2537-2541.
(5)Dong B, Jirong Y, Wang Q, et al. Thrombolytic treatmentfor pulmonary embolism. Cochrane Database Syst Rev. 2006;2:CD004437.
(6)Wan S, Quinlan DJ, Agnelli G, et al. Thrombolysis compared with heparin for the initial treatment of pulmonary embolism: a meta-analysis of the randomized controlled trials. Circulation. 2004;110:744-749.
(7)Suarez JA, Meyerrose GE, Phisitkul S, et al. Review of catheter thrombectomy devices. Cardiology. 2004;102:11-15.
(8)Wells PS, Lensing AW, Hirsh J. Graduated compression stockings in the prevention of postoperative venous thromboembolism. A meta-analysis. Arch Intern Med. 1994;154:67-72.
(9)Nicolaides AN, Miles C, Hoare M, et al. Intermittent sequential pneumatic compression of the legs and thromboembolism-deterrent stockings in the prevention of postoperative deep venous thrombosis. Surgery 1983;94:21-25.
(10)Clarke DB, Abrams LD. Pulmonary embolectomy: a 25 year experience. J ThoracCardiovasc Surg. 1986;92:442-445.
(11)PIOPED Investigators.Value of the ventilation/perfusion scan in acute pulmonary embolism. Results of the prospective investigation of pulmonary embolism diagnosis (PIOPED). JAMA. 1990;263:2753-2759.

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内科学 第10版 「肺血栓塞栓症」の解説

肺血栓塞栓症(肺循環障害の臨床)

(2)肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism)
定義
 肺塞栓症(pulmonary embolism)は,塞栓子が静脈血中に入り肺でとらえられ肺動脈の血流障害を起こした状態をいう.塞栓子の90%以上は血栓,特に骨盤内や下肢の深部静脈血栓(deep vein thrombosis:DVT)であり,肺血栓塞栓症となる.肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症をあわせ静脈血栓塞栓症という.肺血栓塞栓症は血栓性塞栓子による急激な肺動脈閉塞に起因する急性肺血栓塞栓症と器質化血栓が肺動脈を慢性的に狭窄閉塞する慢性肺血栓塞栓症に分類され,また慢性肺血栓塞栓症の経過中に急性の血栓塞栓症症状をきたす遷延性肺血栓塞栓症がある.塞栓子によって末梢肺動脈が完全に閉塞し出血性壊死が起こった状態を肺梗塞という.肺血栓塞栓症のうち10~15%で肺梗塞を起こす.
血栓形成の危険因子
 血栓の成因にはVirchow以来3つの因子(Virchowの3徴候)が知られている.血管壁の変化(血管内皮細胞の障害),血液性状の変化(血液凝固能の亢進)および血流のうっ滞である.それぞれに,先天性および後天性の因子(表7-10-4)がある.
 急性期の治療と長期管理の観点から骨盤内や下肢の深部静脈血栓の有無が重要である.静脈血栓塞栓症の発症における付加的な危険因子の強度を表7-10-5に示す.
病理
 大量あるいは中等量の血栓は肉眼的に診断可能である.小血栓特に微小血栓は組織学的にはじめて診断される.肺動脈には種々な段階の血栓の器質化,血管壁の弾力線維層の増殖肥厚と筋層の肥厚,細胞浸潤がみられる. 肺梗塞の合併は10~15%でみられる.肺動脈と気管支動脈の吻合部より末梢の閉塞で発症しやすい.肺組織は出血性壊死を起こす.経過とともに肉芽組織による器質化,線維化の過程を経て瘢痕化する.
病態生理
 急性肺血栓塞栓症では,肺動脈の機械的閉塞,セロトニンなどの血管作働性物質が血小板から放出されることにより,肺動脈圧およびPVR(pulmonary vascular resistance)が上昇する.これが急性肺性心や右心不全および重症例での心原性ショックの原因となる.閉塞側より末梢の肺胞は死腔となり換気血流不均等分布が助長され低酸素血症となる.一方,反射性に気管支収縮も起こり気道抵抗が上昇する.肺梗塞を合併すると,血痰,胸痛,胸水や発熱などが出現する.
臨床症状
 突然の呼吸困難が高頻度にみられる.広範囲の肺血栓塞栓症では失神やショック状態となることがある.ときに喘鳴が出現する.胸膜近傍の肺血栓塞栓症では胸膜痛もみられる.呼吸困難,胸痛および頻呼吸は,肺血栓塞栓症の97%にみられ,肺血栓塞栓症の3徴候とされている. 身体所見では,頻脈,頻呼吸,頸静脈怒張,Ⅱp成分の亢進,右室拍動などがみられる.
検査成績
 動脈血ガス分析では低酸素血症および呼吸性アルカローシスをきたす.FDP,D-ダイマーの上昇は肺血栓塞栓症の90%以上でみられ診断に有用である.末梢血白血球数の増加や血清LDHの高値がみられるが特異的ではない.
 脳部X線写真が正常であっても肺血栓塞栓症を否定する根拠とはならない.局所の乏血所見(Westermarkサイン),右肺動脈下行枝の拡張(Pallaサイン)や横隔膜上の三角錐の陰影(Hampton’s hump)などは有名な所見である.
 心電図は頻脈,右脚ブロック,V1からV3の陰性T波などがみられる.正常所見のこともある.SⅠ,QⅢはまれである. 心臓超音波検査では,右心不全をきたすと心室中隔の扁平化や右室拡大を示す. 肺換気・血流シンチグラムでは,換気が正常であるにもかかわらず楔状を呈する区域性血流欠損像がみられる.
 肺動脈造影では造影欠損(filling defect)や血流途絶(cut-off sign)などの所見を認める.最近では, 診断のみを目的とした場合には必ずしも必要とされなくなってきている.
 胸部造影CT(図7-10-7)は機器の性能向上がめざましく,診断における有用性が高い. また造影MRIも有用である.
診断
 急性で胸痛を伴う呼吸困難では本症を念頭におく.従来は,肺換気血流シンチグラムおよび肺動脈造影が診断に不可欠であったが,最近は造影CTあるいはMRIで診断可能となっている.
治療
1)抗凝固療法:
 a)非分画(通常)ヘパリン:最も基本的な治療であり,活動性の出血がなければ適応となる.一般的には初回5000~10000単位を静注し,引き続き18単位/kg/時(ただし,1600単位/時をこえない)を持続静注する.5~7日間使用する.ヘパリンの効果はPTT 60~80秒あるいはAPTTを基準値の1.5~2.5倍に維持するよう使用量を調整する.
 b)低分子ヘパリン:1日1~2回の皮下投与で,APTTのモニターの必要もなく,ヘパリンの持続静注と同様の効果があり,欧米では,治療のみならず予防的にも使用されている.
 c)ワルファリン:効果発現までに数日を要するためにヘパリン終了の4~5日前より投与を開始し,トロンボテスト10~20%,PT-INRを2.0~3.0に維持するよう投与量を調節する.
2)血栓溶解療法:
広範囲の肺血栓塞栓症,心原性ショック例,血行動態の不安定例では有効とされ,ヘパリンなどの抗凝固療法を行ったうえで組織型プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)であるモンテプラーゼを投与する.
3)肺動脈血栓除去術:
カテーテルによる方法と手術療法がある.
予防
 再発例が多くまた発症すると致死的になることがあり,適切な予防法および慢性期の長期管理を行うことは重要である. 肺血栓塞栓症や深部静脈血栓の危険因子を有する症例に予防的処置を行うことが,肺血栓塞栓症や深部静脈血栓の発症を明らかに予防する.抗凝固療法にはワルファリン経口投与および低分子ヘパリンの皮下投与がある.少量のアスピリン(160 mg)投与が有効との報告もある.薬物療法以外にも,手術中に下肢を間欠的に圧迫する器具の使用,弾性ストッキングの使用,早期離床など深部静脈血栓を予防する試みも重要である.
 下大静脈フィルター(inferior vena caval filter:IV­CF)は広範囲の肺血栓症を予防するのに有用である.本法の絶対的な適応は,肺血栓症症例で,活動性の出血のある場合,十分量および長期間の抗凝固療法を施行中にもかかわらず肺血栓症を繰り返す場合である.恒久的IVCFと一時的IVCFがある.症例に応じて使い分けが可能である.[木村 弘]
■文献
安藤太三:肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン.循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2002-2003年度合同研究班報告),Circ J, 68 suppl Ⅳ, 1079-1134, 2004.
Goldhaber SZ: Pulmonary embolism. N Engl J Med, 339: 93‐104, 1998.
Stein PD: Silent pulmonary embolism in patients with deep venous thrombosis. Am J Med, 123: 426, 2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

家庭医学館 「肺血栓塞栓症」の解説

はいけっせんそくせんしょう【肺血栓塞栓症 Pulmonary Thromboembolism】

◎肺でのガス交換が不十分に
[どんな病気か]
 人の血液の流れは、心臓から押し出された血液が、動脈という血管を通り、全身の組織に酸素を運搬します。
 全身の組織にはりめぐらされた毛細血管(もうさいけっかん)では、動脈血の酸素と、組織でつくられた二酸化炭素(炭酸ガス)や老廃物とが交換され、この血液が静脈血となって、心臓にもどってきます。これを体循環(たいじゅんかん)といいます。
 こうして、心臓にもどってきた血液は、肺動脈という血管を通って肺に送られ、肺(肺胞(はいほう))の毛細血管網で、血液の二酸化炭素と吸い込んだ空気の酸素が交換され(ガス交換(こうかん))、また酸素を取り込んだ血液(動脈血)となって、心臓にもどってきます。これを肺循環(はいじゅんかん)といいます。
 肺血栓塞栓症とは、この肺動脈に血栓(血液のかたまり)がつまり、肺への血液の流れが悪くなる病気です。
 その結果、肺でのガス交換が十分できなくなり、動脈血の酸素濃度が低くなるため、いろいろなからだの異常がおこってきます。
 小さな血のかたまりは、人間の本来からだに備わっている機能で、自然に溶けて再開通しますが、大きなかたまりのときには、いろいろな症状が強く現われ、とくに太い肺動脈がつまると、突然死(とつぜんし)することもあります。
[症状]
 よくみられる症状としては、突然の呼吸困難、胸の痛み、血液のまじったたん、胸部の不快感などです。
 しかし、これらの症状がすべてそろうことはむしろ少なく、症状は軽いときもあるので、注意が必要です。
 突然に呼吸困難がおこり、胸部が不快になり、脈が速くなったときは、心臓の病気や肺が破れる自然気胸(しぜんききょう)という病気のほかに、この病気の疑いもあります。すぐに受診して、検査を受ける必要があります。
[原因]
 もっとも多いのは、下肢(かし)(脚(あし))の静脈にできた血栓が、肺まで運ばれて、肺動脈をつまらせるものです。
 股関節(こかんせつ)や大腿骨(だいたいこつ)の手術後、また、泌尿器科(ひにょうきか)や婦人科の病気で下腹部や骨盤内(こつばんない)の手術を受けたとき、あるいは神経の病気で下肢がまひしている場合に、下肢の静脈に血栓ができることがあります。
 そのほか、1週間以上ベッドの上で安静にしていたとか、妊娠しているとか、自動車の運転などで長時間座ったままでいた場合、圧迫されて下肢の血液の流れが悪くなり、血栓ができやすくなるので、注意が必要です。
[検査と診断]
 この病気を早期に診断するのはむずかしいことが多いのですが、つぎのような検査が必要になります。
●胸部X線写真
 ふつう激しい変化はみられません。しかし、血液の流れが悪くなり、肺の組織に壊死(えし)がおこると(肺梗塞(はいこうそく))、陰影が現われてきます。
●心電図・心エコー図
 肺動脈がつまると、肺動脈が出ている心臓の右心房(うしんぼう)・右心室(うしんしつ)など(右心系)に負荷がかかるため、心電図に変化が現われます。
 心筋梗塞(しんきんこうそく)は、まったく別の病気ですが、ときに肺血栓塞栓症と心筋梗塞の心電図が似ることもあるので、注意する必要があります。
 こういう場合は、その後の心電図の変化や、心筋梗塞のときに血中に増える種々の酵素(こうそ)を調べ、鑑別します。
 右心系の負担がはっきりすれば、より診断が確実になるので、超音波を利用した心エコー図で、心臓の動きをみることはとても役に立ちます。
 しかし、これらの検査では、肺動脈の50%以上が閉塞(へいそく)しないと異常がみられないので、閉塞が軽い場合には、参考にならないこともあります。
●動脈血(どうみゃくけつ)ガス分析(ぶんせき)
 手、または大腿部(だいたいぶ)(太もも)の動脈に針を刺し、得られた動脈血中の酸素濃度を測定します。
 肺動脈がつまると、ガス交換がうまくいかず、酸素濃度が低下します。胸部X線検査で、広い範囲の異常がないのに、酸素濃度がきわめて低いときは、この病気を強く疑う根拠となります。
●肺血流(はいけつりゅう)シンチグラム
 血管の中に放射性の物質(アイソトープ)を注入し、その放射線のようすから、血液の肺への流れを確かめる検査です。
 肺動脈の流れが悪いところは、正常のところと比べてアイソトープの検出が悪くなるので、診断できます。
●肺血管造影(はいけっかんぞうえい)
 肺血流シンチグラムでは、細い肺動脈の閉塞がはっきりしないことがあります。その場合は、X線に写る造影剤を血液に入れて肺動脈を写し出す方法があります。これを肺血管造影といいます。
◎血を固まりにくくする薬で治療
[治療]
 この病気は、突然におこることが多く、しかも症状が重いため(急性肺血栓塞栓症)、早く治療を開始しないと命にかかわる場合もあります。そのため、前述した検査すべてを実施する時間的余裕はなく、この病気が強く疑われる場合には、治療を先に進めることもあります。
 治療には、肺動脈をつまらせた血栓を溶かす目的で、ウロキナーゼなどの薬が使われます。
 また、血栓が大きくなるのを防ぎ、再発を予防するため、つまり血液の凝固性(ぎょうこせい)を抑えるため、ヘパリンなどの薬も使われます。
 しかし、これらの薬は、量を多く使用すると、逆に出血しやすくなるため、何度も血液の固まり具合の検査をくり返しながら、慎重に薬の量を決めます。
 また、慢性に血栓が肺動脈を閉塞していることがあり(慢性肺血栓塞栓症)、この場合は血のかたまりがかたくなっていて、薬では溶かすことがむずかしいため、太い肺動脈につまった血栓を手術で取り除くこともあります。
[予防]
 予防として、手術の後などは、医師の指示のもとに、なるべく早く歩くようにします。ベッドでの長期の安静が必要な場合は、ベッドの上で脚の運動、マッサージなどをすることが重要です。
 また、脚が急に腫(は)れてきたり、痛んだりした場合には、下肢の静脈に血栓ができていないか、できるだけ早く調べる必要があります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

世界大百科事典(旧版)内の肺血栓塞栓症の言及

【呼吸機能】より

…血流分布の変化として,肺鬱血(うつけつ)の場合,肺尖で血流が増加し,肺下部で減少する。肺血栓塞栓症などでは,局所的肺血流欠損がみられ,換気血流比不均等性が増加して,肺胞気と動脈血間の酸素分圧較差が増大して,動脈血酸素分圧の低下や二酸化炭素分圧の上昇をきたす。また動脈血二酸化炭素分圧は約40mmHgに保たれるように種々の因子によって微調整されているが,慢性閉塞性肺疾患などで呼吸中枢の二酸化炭素に対する感受性が低下している場合には,動脈血酸素分圧の低下が呼吸刺激となっている。…

※「肺血栓塞栓症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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