コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

藤原周光 ふじわらの ちかみつ

2件 の用語解説(藤原周光の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原周光 ふじわらの-ちかみつ

1079ごろ-? 平安時代後期の官吏,漢詩人。
承暦(じょうりゃく)3年ごろ生まれる。民部丞(じょう)藤原頼長の子で,藤原敦基(あつもと)の養子。官途は従五位上,大監物(だいけんもつ)にとどまる。藤原忠通(ただみち)を中心とする詩壇で活躍,蓮禅(れんぜん)と親交があった。詩は「本朝無題詩」に105首。保元(ほうげん)3年(1158)80歳のころ,弟子の高官に身をささえられて内宴に出席,面目をほどこした。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原周光

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:承暦3頃(1079)
平安時代後期の学者,漢詩人。藤原北家良門の子孫頼長(保元の乱主人公とは別人)の子で,式家の敦基の養子となる。学者としても官吏としても思うように昇進できず,60歳代後半に一時隠遁生活を送るが,再び出仕し,80歳前後の保元3(1158)年までは存命であった(『古今著聞集』巻3)。藤原忠通を中心とする詩壇の主要メンバーひとりで,『本朝無題詩』の作者中最多の105首が収められている。なかでも巻7の大宰府から京へ上る途次での連作には当時の社会風俗も描かれ興味深いが,全体にその生涯を反映した厭世的な作品が多い。<参考文献>佐藤道生「藤原周光の生涯」(『平安文学研究』67号)

(堀川貴司)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の藤原周光の言及

【本朝無題詩】より

…1162‐64年(応保2‐長寛2)前後に成立か。撰者未詳だが,藤原周光(ちかみつ)が有力視される。また藤原忠通が成立になんらか関与したと思われる。…

※「藤原周光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

藤原周光の関連キーワード近衛基実中原広俊藤原敦宗藤原敦基藤原実兼(1)藤原実政藤原茂明藤原永範藤原成季蓮禅

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone