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藤原定頼 ふじわらの さだより

美術人名辞典の解説

藤原定頼

平安中期の公卿・歌人。権大納言藤原公任の子。四条中納言と称す。音楽に長じ、能書の誉れが高かった。中古三十六歌仙の一人。権中納言・正二位・兵部卿となる。家集に『定頼集』があり、『後拾遺集』以下の勅撰集に入集。寛徳2年(1045)歿、51才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原定頼 ふじわらの-さだより

995-1045 平安時代中期の公卿(くぎょう),歌人。
長徳元年生まれ。藤原公任(きんとう)の長男。母は昭平(あきひら)親王の王女。寛仁(かんにん)4年(1020)参議。のち権(ごんの)中納言,正二位。四条中納言とよばれた。中古三十六歌仙のひとりで,「後拾遺和歌集」以下の勅撰集に46首がはいる。小式部内侍(こしきぶのないし)に歌でやりこめられた逸話が有名。寛徳2年1月19日死去。51歳。家集に「定頼集」。
【格言など】朝ぼらけ宇治の川霧絶え絶えに現れわたる瀬々の網代木(あじろぎ)(「小倉百人一首」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原定頼

没年:寛徳2.1.19(1045.2.8)
生年:長徳1(995)
平安中期の歌人。藤原公任と昭平親王の娘の子。四条中納言とも称された。中古三十六歌仙のひとり。管絃,読経にも秀で,能書家としての名声も高い。関白藤原頼通に信任され官途は順調,正二位権中納言に至り兵部卿を兼ねた。歌界でも重んぜられ賀陽院水閣歌合 などに出詠している。『後拾遺集』以下の勅撰集に46首入集。家集に『定頼集』がある。また,軽率な言動により後一条天皇から勘当を受けるなどの失敗譚も多く伝わる。和泉式部の娘小式部内侍に戯れて,逆に返歌に窮した話は有名。社交に長じた多才な風流人であり,王朝貴族男性の一典型といえよう。

(中周子)

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大辞林 第三版の解説

ふじわらのさだより【藤原定頼】

995~1045) 平安中期の歌人。中古三十六歌仙の一人。公任の子。正二位権中納言。誦経も巧みであった。「後拾遺和歌集」以下の勅撰集に四十余首入集。家集「定頼集」

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