藤原経任(読み)ふじわらのつねとう

朝日日本歴史人物事典 「藤原経任」の解説

藤原経任

没年治暦2.2.16(1066.3.14)
生年:長保2(1000)
平安中期の公卿。正二位。白髪大納言と称される。中納言懐平の子でのちに大納言藤原斉信養子。母は能書の藤原佐理の娘。長元3(1030)年,後一条天皇の蔵人頭となり実務官僚として活躍した。特に叔父の右大臣藤原実資のために献身的な働きをし,内裏と実資との間をひんぱんに往来し,巷説なども実資の耳に入れたりした。実資も経任を寵愛し,牛を与えたり,経任が病んだときなど見舞いの使者を立て調伏の鬼気祭りをさせたりした。治暦1(1065)年権大納言

(朧谷寿)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原経任」の解説

藤原経任(1) ふじわらの-つねとう

1000-1066 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
長保2年生まれ。藤原懐平(かねひら)の3男。母は藤原佐理(すけまさ)の娘。藤原斉信(ただのぶ)の養子。長元8年(1035)参議となる。修理大夫(だいぶ),治部卿などを歴任し,治暦(じりゃく)元年権(ごんの)大納言。正二位にいたる。白髪大納言とよばれた。治暦2年2月16日死去。67歳。

藤原経任(2) ふじわらの-つねとう

1233-1297 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
天福元年生まれ。吉田為経次男。後嵯峨(ごさが)上皇近臣。文永6年(1269)参議となり,のち権(ごんの)大納言,正二位。辞任後は大宰権帥(だざいのごんのそち)をながくつとめた。中御門(なかみかど)大納言とよばれた。永仁(えいにん)5年1月19日死去。65歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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