藤田宿(読み)ふじたしゆく

日本歴史地名大系 「藤田宿」の解説

藤田宿
ふじたしゆく

[現在地名]国見町藤田

奥州道中(仙台道)の宿駅で、天保九年(一八三八)の村明細帳(国見町史)には、「仙台・南部・津軽・松前江之往還宿場」とある。検断は延享四年(一七四七)からみえ(「村明細帳」同書)、問屋は享保三年(一七一八)にみられる(「四ヶ宿助郷組村並ニ宿約定」志村家文書)。天保九年の藤田村絵図(藤田区文書)には宿への入口町頭(現大町北)に石垣、宿の中ほどに高札場、滝(たき)川に近い町尻に一里塚がみえる。当地は古くから交通・戦略上の要衝とされ、「吾妻鏡」文治五年(一一八九)八月七日条・同月一〇日条にみえる国見駅(宿)・藤田宿は当宿の前身ともみられる。

寛永一九年(一六四二)の信夫海道駄賃定(上杉家文書)に桑折(こおり)宿(現桑折町)より一里七町二〇間・駄賃二四文、貝田(かいだ)まで一里七町三〇間・駄賃三〇文(うち六文坂)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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