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蘇我日向 そがの ひむか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

蘇我日向 そがの-ひむか

?-? 飛鳥(あすか)時代の官吏。
蘇我馬子(そがの-うまこ)の孫。皇極天皇3年(644),中大兄(なかのおおえの)皇子(天智(てんじ)天皇)の妃となるはずの異母兄蘇我倉山田石川麻呂の長女をうばった。のち石川麻呂が皇子を殺害しようとしていると讒言(ざんげん)。石川麻呂を自殺させたが,その無実が証明されると,皇子から筑紫大宰帥(つくしのおおみこともちのかみ)に任じられた。世人はこれを隠流(しのびながし)といったという。字(あざな)は身刺(むさし)で,無耶志,武蔵,身狭ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

蘇我日向

生年:生没年不詳
7世紀後半の豪族。蘇我倉麻呂の子で,蘇我倉山田石川麻呂の異母弟。曾我日向子とも書く。また字は身刺といい,身狭,無耶志,武蔵とも書く。皇極3(644)年 中大兄皇子(のちの天智天皇)と成婚した兄石川麻呂の長女を盗み,兄を窮地に陥れたが,次女遠智娘が身代わりとなって皇子に嫁し,事なきを得た。大化5(649)年に再び石川麻呂が皇太子中大兄皇子殺害を謀っていると讒言し,兵を率いて石川麻呂を追い,山田寺(桜井市)で自害に追い込んだ。やがて石川麻呂の身の潔白が明らかになると,中大兄は後悔し,日向はにわかに筑紫大宰帥に任じられた。世人はこれを隠流かと噂したと伝える。なお筑紫の般若寺(筑紫野市)は日向が建立したと伝える。

(橋本義則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

そがのひむか【蘇我日向】

飛鳥時代の廷臣。生没年不詳。馬子の孫,倉麻呂(雄当)の子。名は日向子,身刺,無耶志,武蔵とも記される。644年(皇極3)葛城皇子(中大兄)が中臣鎌子のすすめで迎えた蘇我石川麻呂の長女を盗んだという。また649年(大化5)3月には,右大臣であった異母兄の石川麻呂に野心ありと讒言(ざんげん)し,その追討軍の将の一人となった。しかし,この直後に右大臣は無実とわかり,日向は大宰帥に任ぜられたので,時人はこれを隠流(しぬびながし)かといったという。

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