馬を使って人や物資を運ぶことを業とするもの。馬追い,馬方などとも言う。馬背によるもので,馬車を扱うものは〈御者〉と呼んで区別する。古代・中世においては馬子を専業とするものはまれで,農民が行うことがほとんどであった。専業者の活動が盛んになるのは中世後期で,近江や大和などの馬借(ばしやく)と呼ばれるものである。近世に入っても,江戸幕府が車両の使用を禁止したため馬車は使用されず,専門の馬背輸送業者が各地に出現した。東海道や中山道などの主要街道で旅人用の乗用馬をひくものから,脇街道でもっぱら物資輸送に従うものまで,その形態は多様である。会津西街道の中付駑者(なかつけどちや),信州伊那地方の中馬(ちゆうま),甲斐九一色郷(くいつしきごう)の馬稼ぎなどは後者の代表例であった。乗用馬は馬子1人が1頭をひいたが,物資輸送の場合は一度に数頭を追った。これは輸送効率を高めるためで,たとえば中馬は〈一綱四頭〉と言われ,馬子1人が4頭を追った。
執筆者:胡桃沢 勘司
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駄馬や伝馬(てんま)を引いて荷物や人を運ぶ職業の者。律令(りつりょう)制によりできた駅制の駅馬の馬子は、賦役に徴用された公民であったが、しだいに馬借(ばしゃく)とよばれる馬子が現れ、商品流通の発達した室町時代の主要街道で完全に職業化した。江戸時代になると、馬子は馬追い、馬方(うまかた)、馬曳(うまひ)きなどともよばれ、数も仕事も増えたが、旅人を恐喝し金品を巻き上げるなどの事件も増えた。なお、馬子が道中に歌った馬子唄(まごうた)には、いまも残るよい唄がある。
[深作光貞]
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