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行信 ぎょうしん

朝日日本歴史人物事典の解説

行信

生年:生没年不詳
奈良時代の僧。法隆寺,元興寺で活躍した。天平10(738)年閏7月律師となり,僧綱の一員として仏教行政にかかわった。同11年,法隆寺東院伽藍を創建。同院には天平肖像彫刻の傑作行信僧都像を伝える。同19年10月の正倉院文書に大僧都行信とみえるので,これ以前に大僧都に昇進していたと考えられる。彼が署名した文書は正倉院に数多く伝わる。著書に『仁王経疏』『最勝王経音義』『略集諸経律論等中翻梵語疏』がある。天平勝宝2(750)年死亡説もあるが,同3年7月12日の文書に自署がみえるので疑問。同6年11月,厭魅の罪で遠流に処された薬師寺僧行信を同一人物とみるか否かは説が分かれているも,同一人物の可能性が高い。

(吉田一彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎょうしん【行信】

?‐752?(天平勝宝4?)
元興寺の僧。737年(天平9)《法華経疏(ほつけきようしよ)》4巻(伝聖徳太子著)などを法隆寺に寄進。翌年律師となり,747年(天平19)大僧都となる。〈瑜伽師地論〉〈法華経〉などの書写を発願し未完のまま没した。750年没とする諸伝もある。著に《仁王経疏》3巻など。なお,平城京薬師寺の僧行信(生没年不詳)が754年(天平勝宝6)宇佐八幡宮主神(かんづかさ)大神多麻呂と謀り厭魅(えんみ)し,下野(現,栃木県)薬師寺に配流されているが,両者が同一人か否かは不詳。

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世界大百科事典内の行信の言及

【夢殿】より

…法隆寺東院の中心にある堂。東院伽藍は聖徳太子の斑鳩宮(いかるがのみや)のあった所で,太子一族滅亡の後荒廃していたのを,738年(天平10)ころ行信が造営した。夢殿の名は,斑鳩宮に同名の建物があり,聖徳太子が時々その中にこもり政事や仏教に思いをめぐらせたが,そのとき金人(仏像)が現れて妙義を告げたという伝説にもとづく。…

※「行信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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