西域美術(読み)せいいきびじゅつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「西域美術」の意味・わかりやすい解説

西域美術
せいいきびじゅつ

シルクロード沿いの諸都市を中心に展開された美術の総称。西域は前2世紀頃から匈奴,漢民族,高車,ウイグル,チベット族などが次々に勢力をふるったので,その文化も多種多様な性格を示すが,美術においても仏教,キリスト教,イスラム教,マニ教,チベット仏教(ラマ教)などの宗教を背景とした遺品が伝存し,その様式も複雑な様相を示す。しかし,最も大きな発展を遂げたのは中国の六朝時代から元代にみられる仏教美術で,インド・イラン様式と唐代の様式を二大要素として,これらが互いに影響し融合を重ね,その間にほかの様式が混入するなど西域独自の様式が成立した。19世紀末からイギリス,フランス,ドイツ,日本など各国の学者,探検家によって発掘調査,踏査が行なわれ,東西文化の交流を物語る遺跡,遺物が多数発見されて以後,西域の文化は再認識された。

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