日本歴史地名大系 「西大枝村」の解説
西大枝村
にしおおえだむら
阿武隈川の北方にあり、ほぼ中央を南北に
元弘三年(一三三三)八月日の伊達貞綱安堵申状(南禅寺文書)に「西大枝次郎□郎田在家」とみえ、伊達貞綱は同年三月からの合戦の恩賞として同地などの安堵を申請し、九月八日に陸奥守北畠顕家から認められている。貞綱は但馬国
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
阿武隈川の北方にあり、ほぼ中央を南北に
元弘三年(一三三三)八月日の伊達貞綱安堵申状(南禅寺文書)に「西大枝次郎□郎田在家」とみえ、伊達貞綱は同年三月からの合戦の恩賞として同地などの安堵を申請し、九月八日に陸奥守北畠顕家から認められている。貞綱は但馬国
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...