改訂新版 世界大百科事典 「観客参加」の意味・わかりやすい解説
観客参加 (かんきゃくさんか)
audience participation
演劇の成立に不可欠の要素である観客は,舞台上の劇を客席から鑑賞するだけの見物人ではなく,劇を進行させる演者とともに,その場で成り立つ演劇世界の創造に加わっているという考え方を指す。本来演劇は,宗教的共同体などで構成員全体が体験を共有するために行う祭礼劇を起源とし,そこから演じる立場と見る立場が分かれて成立した。当初の演劇では,立場は異なるが,それぞれ〈演じる〉〈見る〉という行為を通して全員が一つの世界の創造に参加していたのであり,その精神は舞台と客席という空間の分化が進んだあとも受けつがれていた。しかし近代以後,とくに西欧の流れをくむ演劇では,額縁舞台など空間の仕切りばかりか精神的な溝をも助長する劇場構造や舞台技術の発展普及とともに,この理念はほとんど忘れ去られた。そこでは観客は,他人の創造した芸術作品としての舞台と向き合った受動的鑑賞者の立場に立つ。まして暗い客席では,個人主義の発達とも相まって,集合体としての意識は薄れがちであった。ところが1960年代ころから,文化全般に共同体再発見の機運が高まり,演劇でも観客本来の役割が再認識され,〈観客参加〉の呼声とともに前衛的な試みが盛んとなる。具体的には,ブレヒトがとくに教育劇などで試みた先駆的意味なども顧みられ,舞台と客席の溝を埋めるオープン・ステージ方式の上演(幕の排除,張り出した舞台,演者の客席への語りかけや出入りなど)や,両者の交流を緊密にする小劇場運動,街頭演劇などの出現がある。さらに,観客の側の受動的な反応にあきたらず,例えばアメリカの劇団リビング・シアターの《パラダイス・ナウ》(1968)のように,観客を演技領域に誘い込むことで肉体的参加をも引き出そうとする上演も,しばしば行われるようになった。このような60年代の多彩な前衛的試みは,観客に対する一般の認識に影響を与えたばかりではなく,上演形態の多様化にも寄与している。
執筆者:斎藤 偕子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報