劇場の舞台のうち,客席から明確に切り離され,観客には額縁で囲まれた一幅の絵のように見えるものをいう。現存する最古の例は,イタリアのパルマにあるテアトロ・ファルネーゼTeatro Farnese(1618年,アレオッティGiovanni Battista Aleotti設計,1628開場)である。これはすでにそれ以前の劇場にも見られた遠近法に従う背景を採り入れただけでなく,この背景を転換可能なものにし,さらに舞台と客席の境に,舞台をかこむ額縁の役割を果たす,装飾を施した恒常的なプロセニアム・アーチproscenium archをすえた。客席が舞台をとりかこむという構造をもつ張出舞台の場合には,舞台と観客の関係は観客の位置に応じて変化する。これに対して額縁舞台の場合には,遠近法や額縁という発想に示されるように,劇は平面的な絵画としてとらえられ,観客と舞台との関係に一定の枠がはめられる。額縁舞台はヨーロッパでは17世紀後半から18世紀にかけて定着し,近代劇場の標準的な舞台となった。プロセニアム・アーチに幕が付されるにいたって,舞台と客席との分離は一層明瞭になった。観客は幕によってへだてられている別の世界をのぞき見する存在としてとらえられることになる。近代リアリズム劇の理論によれば,舞台と客席との間には透明な〈第四の壁〉が存在しているのである。この壁の向こうにあるのはこしらえものとしての劇ではなくて現実そのものであり,したがって,独白や傍白のような,現実生活ではありえない手法は,額縁舞台では使いにくくなる。これに対して,額縁舞台は散文的な現実の再現には適当であっても劇場における詩の表現には不向きであり,ギリシア古典劇やシェークスピア劇のように,もともと額縁舞台を想定せずに作られた劇には制約になると主張する人も20世紀には増えてきており,張出舞台を復活させようという動きも顕著になっている。舞台についての二つの考え方は,要するに,劇を現実の忠実な再現と見なすか,それとも自律的なものと見なすかという対立に帰着する。
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執筆者:喜志 哲雄
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[王政復古期]
1660年の王政復古とともにロンドンの劇場は再開され,女優の登場など革命前にはなかった現象があらわれた。劇場は屋内に限られ,舞台は客席に張り出したエプロンと呼ばれる部分をもってはいたが,近代的な額縁舞台に近づいた。あまり精巧ではないが装置も用いられ,劇全体の終りにのみおろされるのが普通ではあったが幕の使用も始まり,また人工照明も採り入れられた。…
…中世でも,野外で演じられる劇を観客がとり囲んで見たことがあった。しかし近代になって,装置を重視する額縁舞台が主流を占めるとともに,円形劇場は消えていった。それが再び注目されるようになるのは20世紀に入ってからである。…
…客席から見ると,演技空間はあたかも四角形の額縁で囲まれた1枚の絵のように感じられる。そこで,こうした構造をもった舞台を額縁舞台と呼ぶことがある。たてまえ上は,舞台は四つの壁で囲まれた空間であり,客席と舞台とを隔てる壁だけが透明であるとされる。…
…俳優は正面に壁があるつもりで観客を無視して演ずべきという考えは,すでに18世紀のディドロなどにみられたが,〈第四の壁〉が成立するためには少なくとも次の三つの外的条件を必要とした。(1)額縁舞台の成立 19世紀初めに大方の劇場は張出し舞台とその両脇のボックス席を撤廃し,舞台と客席の間に截然たる境を意識することが容易になった。(2)箱型装置の使用 19世紀半ばから舞台上の部屋は三方を壁で囲まれた上に天井のついたものとなり,〈第四の壁〉の想定が自然にできるようになった。…
…60年,王政復古に際して劇場経営の勅許を得,リンカンズ・インズ・フィールズに公爵劇場を開場,T.ベタートンを中心とする劇団の本拠とした。劇場史的には,エリザベス朝の張出舞台から近代的な額縁舞台への橋渡しをし,大がかりな装置や舞台機構を採り入れた。作品には革命以前に発表した宮廷仮面劇もあるが,むしろ王政復古以後に観客の好みに合わせると称してシェークスピア劇を改作したことが重要である。…
…劇場内の舞台と客席との関係は,前者が後者から明瞭に区別されている場合と,前者の全部または一部が後者によってとり囲まれている場合とに大別される。第1がいわゆる〈額縁(がくぶち)舞台〉で,おおむね近代以後の劇場に多く認められ(今日の日本のほとんどの劇場もこのかたちである),第2が近代以前の劇場に多い〈張出(はりだし)舞台〉である(例えば日本の能舞台もこの一種といえる)。 この額縁舞台・張出舞台の両者の区別は,実は単に形状の問題にとどまらず,そこで行われる演劇の成り立ち方の本質に触れる問題と関わっている。…
※「額縁舞台」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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