日本歴史地名大系 「贄川番所」の解説
贄川番所
にえかわばんしよ
[現在地名]楢川村大字贄川
宝暦三年(一七五三)の「千曲之真砂」に「片平村にへ川橋を渡りて尾州公の関所有、関を越し、小坂をのほりてにへ川に入ル」とあるように、贄川番所は贄川宿の北端江戸方入口に設けられていた。贄川宿の町並をはずれた坂道の途中に番所跡がある。
贄川番所の創設は古く、木曾の南端
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
宝暦三年(一七五三)の「千曲之真砂」に「片平村にへ川橋を渡りて尾州公の関所有、関を越し、小坂をのほりてにへ川に入ル」とあるように、贄川番所は贄川宿の北端江戸方入口に設けられていた。贄川宿の町並をはずれた坂道の途中に番所跡がある。
贄川番所の創設は古く、木曾の南端
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...