日本歴史地名大系 「赤崎神社」の解説 赤崎神社あかさきじんじや 山口県:吉敷郡秋穂町大海村赤崎神社[現在地名]秋穂町大字東 赤崎大海(おおみ)湾に臨む赤崎の地にある。祭神は田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命。旧村社。社伝は神亀四年(七二七)の鎮座といい、寿永四年(一一八五)源義経が平家追討の時、この浦に着船し、当社に詣でて朝敵退治を祈願し、鎧を奉納したという。また義経汐待石と称する石が境内にある。赤崎の地は瀬戸内海航路の泊りとして知られていたらしく、今川了俊の「鹿苑院殿厳島詣記」(康応元年)にも、東から小泊(おとまり)・向(むかい)島(現防府市)と浦伝いに進んで「此たびは五里ばかり行て、赤崎と云浦にて、又大風むかひて更に御舟ゆかず」と記される。近世は大海村一村の氏神で、牛馬安全の守護神として近郷各村の崇敬を受けた。 赤崎神社あかさきじんじや 山口県:小野田市西須恵村赤崎神社[現在地名]小野田市大字小野田竜王(りゆうおう)山の北東麓、字松原(まつばら)に鎮座。祭神は大己貴大神・少彦名大神。旧郷社。「注進案」によれば、文永九年(一二七二)池田嘉内が大和の三輪(みわ)大明神(現奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社)に参詣してのち須恵の赤崎和田(すえのあかさきわだ)の浜へ着船、小祠を作ったのに始まるという。「寺社由来」によればその後天正一九年(一五九一)現在地へ移ったという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報