赤松則繁(読み)あかまつ のりしげ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤松則繁」の解説

赤松則繁 あかまつ-のりしげ

?-1448 室町時代の武将
赤松義則(よしのり)の子。赤松満祐(みつすけ)の弟。嘉吉(かきつ)元年兄とともに6代将軍足利義教(よしのり)を殺害(嘉吉の乱)。幕府の追討軍と播磨(はりま)(兵庫県)城山(きのやま)城でたたかい,敗れて九州にのがれる。のち朝鮮にわたり文安5年肥前にもどる。少弐(しょうに)教頼とともに大内教弘(のりひろ)を攻めるが敗れ河内(かわち)(大阪府)へ逃亡。甥(おい)の赤松則尚に同年8月8日討たれた。49歳とされる。通称は三郎,左馬助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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