改訂新版 世界大百科事典 「遺伝率」の意味・わかりやすい解説
遺伝率 (いでんりつ)
heritability
量的形質がどの程度遺伝的に決定されるかを示す尺度。遺伝力ともいわれ,h2の記号で示される。ヒトの背の高さのような形質は単純な遺伝様式を示さないが,遺伝することは古くから知られており,メンデルの法則再発見以前に,生物統計学者はこのような形質について研究していた。彼らは幾つかの統計的手法を案出したが,その遺伝様式については成果をあげられなかった。今日背の高さは,効果の小さい多数の遺伝子(ポリジーン)とそれらに環境の要因が加わって決定されると考えられ,このような形質は量的形質と呼ばれる。量的形質がどの程度遺伝的に決定されるかは,作物や家畜の育種家にとって重要である。なぜなら大部分が遺伝的に決定されるならば遺伝的な品種改良の効果も大きいからである。ある量的形質について個体の測定値つまり表現型値を考えると,遺伝子の相加的な効果,遺伝子の優劣関係に基づく効果,遺伝子座間の相互作用,環境の効果などによって決められていることがわかる。そこで表現型値の分散σP2はσP2=σA2+σD2+σI2+σE2と考えることができる(ここでσA2は相加的分散,σD2は優性分散,σI2はエピスタシス(相互作用)分散,σE2は環境分散)。このとき遺伝率はh2=σA2/σP2で定義される。ある量的形質についての遺伝率は集団や品種によって異なるが,ある集団で幾つかの形質の遺伝率を比較すると,遺伝しやすさの程度がわかる。遺伝率は親子の相関や幾組もの兄弟の測定値から分散分析を用いて推定されるもので,例えばニワトリの白色レグホーンで卵重の遺伝率は0.6,卵を産み初めの年齢は0.5,体重は0.2という報告がある。遺伝率がわかると,選抜により品種改良を行ったとき1世代の選抜で期待できる平均値の改良度合ΔG(これを遺伝的獲得量という)はこのh2選抜の強さから計算される選抜差i(もとの平均と次代を作るため取り出した選抜個体の平均との差)との積ΔG=ih2で表される。選抜により遺伝的組成が急激に変わらないならば,毎代それだけの改良が期待できるが,実際には良い遺伝子が固定し,遺伝的な分散が減少する結果遺伝率も低下し,選抜を長く続けると頭打ちになる。遺伝的獲得量と選抜世代数が近似的に直線関係になることを利用して,ΔG=ih2の式から推定した遺伝率を,実現された遺伝率realized heritabilityという。
執筆者:大西 近江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報