改訂新版 世界大百科事典 「重イオン衝突」の意味・わかりやすい解説
重イオン衝突 (じゅうイオンしょうとつ)
近年の加速器技術の進歩により,今日では水素からウランに至るいろいろな原子核が,1核子当り数MeVから数GeVにまで加速されるようになった。陽子(水素の原子核),重陽子(重水素の原子核),α粒子(ヘリウムの原子核)などの軽い原子核のビームに対し,これより重い原子核のビームを重イオンビームと呼び,加速された重イオンビームを原子核標的に入射したときに起こる衝突を重イオン衝突という。重イオン衝突に伴う核反応(重イオン核反応)の様相は,衝突のエネルギーによって異なり,また,衝突係数の大きさに大きく依存する。しかし,一般的傾向として重イオン核反応には,クーロン効果,反跳運動効果,角運動量効果が大きく,また,入射重イオンビームと標的核の種類を変えて組合せを選ぶことにより,多種多様の原子核についての系統的な研究ができるという特徴があり,これらの特徴を生かした研究により原子核のさまざまな側面が調べられている。1核子当り数MeV以下のエネルギーにおける重イオン衝突では,とりわけ原子核の高いスピン状態の研究が進み,その結果原子核構造に関する知見が深まった。一方,1核子当りのエネルギーが数GeVを超える高エネルギーの重イオン衝突では,中間子や核子の励起状態が作られ,従来の低エネルギー領域で研究されてきた陽子と中性子を構成要素とする核物質とは異なった新しい核物質の相が作られるものと期待されている。重イオン衝突の際,十分高いエネルギー密度が実現されると,核物質からクォークとグルーオン(強い相互作用のゲージ粒子)よりなるプラズマ状態への相転移が起こると予想されている。このような核物質の状態は,創成期の宇宙や中性子星の中でも生成されていると考えられていて興味深いものである。
執筆者:中井 浩二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報