日本大百科全書(ニッポニカ) 「金利裁定取引」の意味・わかりやすい解説
金利裁定取引
きんりさいていとりひき
interest arbitrage transaction
内外の金利差と直先スプレッド(直物相場と先物相場の乖離(かいり)率)の格差を利用して、リスクなく利益を得る取引のこと。純粋理論的にいうと、あらゆるビジネス取引において、利益機会は二つしかない。リスクを負って、自らの予想にかける「投機」か、リスクを負うことなく、市場の歪(ゆが)みを利用して鞘(さや)をとる「裁定」である。物の取引では、物流が伴うため瞬時に歪みの情報を得て、低コストで取引をすることが困難であるが、金融の世界では、裁定取引のチャンスは大きい。たとえば、単純なものでは、二つの外国為替(かわせ)市場で同時間に異なる為替相場が建っているようなときの同時売買であるが、もっとも典型的かつ頻繁になされる取引が金利裁定取引である。
それは、国内で円のまま確定利回りで運用するか、あるいは直物相場で外貨に転換(外貨買い)すると同時に、満期の先物相場で円に戻す(外貨売り)予約を行うことで、利回りを確定させて運用するかの選択をすることによって、リスクなくわずかながらでも余分な鞘をとろうとする取引である。したがって、その際には外国為替市場で、反対の直先取引をセットで行う外国為替のスワップ取引がなされることになる。
この取引はリスクが伴わないので、円か外貨に少しでも余分な利益がある限り継続されるため、結局両者の収益は等しくなり、そこでは内外金利差≒直先スプレッドという関係(パリティ)が成立するというのが「金利平価説」である。しかし、経済理論と現実には、往々にして乖離が発生し、現実経済では、そこにビジネスチャンスが存在する。なぜならば、国際金融市場は理論が想定するような完全競争の市場でないし、外国為替の需給は金利裁定取引に伴う外国為替のスワップ取引のみ発生しているわけではないからだ。たとえば、ある投機家がドル高を予想し、巨額な先物買いに入ったとすれば、前記のパリティは崩れてしまう。
具体的な金利裁定取引のケースは、次のように考えられる。
(1)内外金利差>直先スプレッド(円金利よりドル金利が高いにもかかわらず、ドルがその分ディスカウントになっていないような場合)
日本側は、ドルで資金運用をすることが有利。微々たるパーセントであるが、ドルのほうが確実に運用利回りが高くなるため、日本の投資家は自己資金、さらには円での借入れ資金をドルで運用して鞘取りを実行したほうがよい。
アメリカ側は、円資金を調達することが有利。アメリカの企業は、事業資金の調達をするにあたって、国内でドル資金を借り入れるより、円資金を調達し、ドルに転換したほうが、わずかであるが低コストですむ。アメリカの投資家は、円資金を調達し、ドルに転換して運用し、満期に円の借入金を返済しても、わずかながら鞘をとれる。
(2)内外金利差<直先スプレッド(円金利よりドル金利が高いなかで、ドルがそれ以上にディスカウントになっているような場合)
日本側は、ドル資金を調達することが有利。日本の企業は、ドル金利が高いにもかかわらず、円ではなくドルを調達し円に転換したほうが、わずかであるが低コストですむ。日本の投資家は、ドル資金を調達し、円に転換して運用し、満期にドルの借入金を返済しても、わずかながら鞘がとれる。
アメリカ側は、円で資金運用することが有利。微々たるパーセントであるが、円のほうが確実に運用利回りが高くなるため、アメリカの投資家は、自己資金、さらにはドルでの借入れ資金を円で運用して、鞘取りをしたほうがよい。
いずれにせよ、その鞘は微々たるパーセントである。しかし、巨額の資金を運用または調達できれば、その収益は相当額になりうる。したがって、巨額の資金を動かしうる世界の機関投資家や銀行などは、瞬時の判断で有利な方向へと資金を移動させ、安定的かつ確実な収益確保の源泉にしている。また、事業会社においても、国際的な資金調達にあたっては、単なる金利の格差だけで意思決定しているわけではなく、金利裁定が基本となっている。
[中條誠一]