江戸後期の狂詩作者。本名は畠中正盈(まさみつ)。ほかに片屈道人、太平館主人などの戯号がある。京都の人。聖護院宮(しょうごいんのみや)に仕えた公家(くげ)侍で、漢学を那波魯堂(なわろどう)に学んで観斎と号した。処女狂詩集『太平楽府(たいへいがふ)』(1769刊)により、江戸の大田南畝(なんぽ)(蜀山人(しょくさんじん))と並ぶ狂詩の二大家の名声を獲得、以後『勢多唐巴詩(せたのからはし)』『太平遺響』『太平遺響二編』などを著した。作風は、沈滞した社会に対する憤りと苦悩に発する痛烈な風刺を旨とし、狂詩のかたわら手を染めた滑稽本(こっけいぼん)『太平楽婢女行(たいへいらくひじょこう)国字解』『風俗三石士(さんごくし)』などにもその特色が表れている。
[日野龍夫]
『『中村幸彦著述集6』(1982・中央公論社)』
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
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