江戸後期の狂詩作者。本名は畠中正盈(まさみつ)。ほかに片屈道人、太平館主人などの戯号がある。京都の人。聖護院宮(しょうごいんのみや)に仕えた公家(くげ)侍で、漢学を那波魯堂(なわろどう)に学んで観斎と号した。処女狂詩集『太平楽府(たいへいがふ)』(1769刊)により、江戸の大田南畝(なんぽ)(蜀山人(しょくさんじん))と並ぶ狂詩の二大家の名声を獲得、以後『勢多唐巴詩(せたのからはし)』『太平遺響』『太平遺響二編』などを著した。作風は、沈滞した社会に対する憤りと苦悩に発する痛烈な風刺を旨とし、狂詩のかたわら手を染めた滑稽本(こっけいぼん)『太平楽婢女行(たいへいらくひじょこう)国字解』『風俗三石士(さんごくし)』などにもその特色が表れている。
[日野龍夫]
『『中村幸彦著述集6』(1982・中央公論社)』
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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