鍋島直彬(読み)ナベシマ ナオヨシ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「鍋島直彬」の解説

鍋島 直彬
ナベシマ ナオヨシ


肩書
沖縄県初代県令

別名
号=絅堂

生年月日
天保14年12月11日(1843年)

経歴
嘉永元年家督をつぎ、原忠順家老に起用して藩政を改革。尊攘論を唱え、宗主鍋島閑叟に協力、明治元年戊辰戦争には北陸道の先鋒をつとめた。2年鹿島藩知事となり、4年廃藩により免じられた。5年アメリカに留学、9年帰国し「米政撮要」を著わす。侍従、法制局出仕、侍補、文学御用掛などを歴任、12年初代沖縄県令となり、国語伝習所、師範学校、中学校、10余の小学校などを新設、また糖業振興に尽力した。14年元老院議官に進み、17年子爵を授けられ、23年以来貴院議員当選3回。生涯を通じて藩校弘文館をはじめ、郷党の育英事業に貢献した。

没年月日
大正4年6月14日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鍋島直彬」の解説

鍋島直彬 なべしま-なおよし

1844*-1915 幕末-大正時代の大名,華族
天保(てんぽう)14年12月11日生まれ。鍋島直永(なおなが)の長男。嘉永(かえい)元年肥前鹿島(かしま)藩(佐賀県)藩主鍋島家11代となる。文久3年本藩の佐賀藩主鍋島閑叟(かんそう)の代理で京都にはいり,公武合体を進言した。維新後,初代沖縄県令,貴族院議員。子爵。学校をつくり育英事業につくす。大正4年6月14日死去。73歳。幼名は熊次郎。号は絅堂(けいどう)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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