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鍋島直彬 なべしま なおよし

美術人名辞典の解説

鍋島直彬

幕末の佐賀藩支藩主。直永の三男。幼名は熊次郎。藩政改革を行ない、尊攘論を唱えた。また沖縄県知事となり、十余の小学校等を新設した。子爵貴族院議員。大正4年(1915)歿、73才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鍋島直彬 なべしま-なおよし

1844*-1915 幕末-大正時代の大名,華族。
天保(てんぽう)14年12月11日生まれ。鍋島直永(なおなが)の長男。嘉永(かえい)元年肥前鹿島(かしま)藩(佐賀県)藩主鍋島家11代となる。文久3年本藩の佐賀藩主鍋島閑叟(かんそう)の代理で京都にはいり,公武合体を進言した。維新後,初代沖縄県令,貴族院議員。子爵。学校をつくり育英事業につくす。大正4年6月14日死去。73歳。幼名は熊次郎。号は絅堂(けいどう)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

なべしまなおよし【鍋島直彬】

1843‐1915(天保14‐大正4)
幕末期の肥前国鹿島藩藩主,のち初代沖縄県令。1848年(嘉永1)に家督を継ぎ,家老原忠順を起用して藩政改革を行う。尊攘論に共鳴し,68年(明治1)の戊辰戦争には北陸道先鋒を担う。72年アメリカ留学,76年に帰国して侍従となる。79年4月,廃琉置県(琉球処分)が布告されるや,初代県令として書記官原忠順らとともに着任,以後81年5月までの2年間在任した。その間,鍋島は明治政府の対沖縄政策=旧慣温存政策を忠実に実行し,一方で反日派士族の抵抗を警察力で徹底的に弾圧した。

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