鎌倉アカデミア(読み)かまくらあかでみあ

百科事典マイペディア「鎌倉アカデミア」の解説

鎌倉アカデミア【かまくらあかでみあ】

鎌倉市の市民グループによる鎌倉文化会を母体として設立された民衆大学。文化都市鎌倉を築き,世界文化との接触交流を企画していくことを目的として,鎌倉山に初等学校から大学までの総合学園が構想された。1946年(昭和21年),光明寺を仮校舎として,まずは文学科,演劇科,産業科のコースが開講された。入学資格は中等学校第4学年修了以上とし,日本を代表する一流の講師陣を迎えた。2代目の三枝博音校長の下には,服部之総林達夫村山知義片岡良一らが顔を並べている。通称鎌倉大学校〉と呼ばれ,民衆大学運動の先駆をなし,地方の文化運動に大きな影響を与えた。しかし,敗戦後の厳しい社会経済情勢の中,4年半で閉校となった。

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世界大百科事典 第2版「鎌倉アカデミア」の解説

かまくらアカデミア【鎌倉アカデミア】

1946年5月,鎌倉市材木座の光明寺を仮校舎として開校した寺子屋式大学。初め私立鎌倉大学校と称したが,神奈川県知事の認可は各種学校。戦争で手を汚さなかった教授陣を集め,文部省の中央集権的教育統制の外で,民主主義的な男女共学により,教授と学生とがお互いに鍛え合う学びの場をつくることを目ざした。初代校長飯塚友一郎の後をうけた三枝博音校長の下の陣容は,学監服部之総,教務課長菅井準一,文学科長林達夫,演劇科長村山知義,映画科長重宗和伸,産業科長早瀬利雄,図書部長片岡良一。

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