阿久里(読み)あぐり

日本歴史地名大系 「阿久里」の解説

阿久里
あぐり

中世よりみえる彼杵(そのき)庄戸町(とまち)浦内の地名。正安四年(一三〇二)五月二四日の深堀時願・同時通連署譲状(深堀文書)に「とまちのうらのうち、たかはまあくり」とみえ、時願(時仲)が子の時綱に同所を譲っている。同譲状に「たかはまあくり」の北に位置すると記される「たのこしま」は南越(なんごし)の沖に浮ぶ田(た)ノ子(こ)島の可能性がある。正和年間(一三一二―一七)惣領の時明と叔父の仲家(時家)との間で相論が起き、正和三年三月日の深堀仲家重陳状案(同文書)では両者の所領の中間にある時綱の所領「阿久里・高浜村」の南北の境を記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「阿久里」の解説

阿久里 あぐり

1648-? 江戸時代前期,徳川綱吉(つなよし)の側室。
慶安元年生まれ。将軍綱吉の生母桂昌院の侍女をつとめ,綱吉の寵臣(ちょうしん)牧野成貞(なりさだ)と結婚。松,安,亀の3女を生むが,のち綱吉の寵愛をうけた。次女安も綱吉の寵愛をうけたため,安の婿牧野成時は自殺した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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