阿寒町(読み)あかんちよう

日本歴史地名大系 「阿寒町」の解説

阿寒町
あかんちよう

面積:七三九・三七平方キロ

昭和三二年(一九五七)一月一日、阿寒郡阿寒村が町制を施行して成立。釧路支庁管内の西寄り、阿寒郡西部にある。東は同郡鶴居(つるい)村・川上(かわかみ)郡弟子屈(てしかが)町、北は網走支庁管内網走郡津別(つべつ)町、北西は十勝支庁管内足寄(あしよろ)郡足寄町、西は白糠(しらぬか)郡白糠町、南は釧路市に接する。北部には阿寒国立公園に含まれる阿寒富士・雌阿寒(めあかん)岳・雄阿寒(おあかん)岳、阿寒湖、パンケトー、ペンケトーなどがあり、阿寒湖から流出した阿寒川が飽別(あくべつ)川・徹別(てしべつ)川・舌辛(したから)川などの支流を合せながら町域のほぼ中央を南流する。南東部を釧路川支流仁々志別(ににしべつ)川が南へ流れる。阿寒川に沿って国道二四〇号(通称まりも国道)が北上し、阿寒湖南岸を経て町域北西の釧北(せんぽく)峠を越えて津別町へ入る。同湖南岸から雄阿寒岳南麓を一部国道二四〇号と重なって東西に走る国道二四一号は阿寒横断道路とよばれる。南部の徹別中央(てしべつちゆうおう)地区で国道二七四号が国道二四〇号と交差して東西に通る。阿寒川と舌辛川の合流地域に本町市街があり、その阿寒川上流・下流域および仁々志別川流域に酪農地が広がる。

近世にはクスリ場所のうち。明治二年(一八六九)八月の国郡画定により釧路国阿寒郡に属し、同年九月から同三年一月まで兵部省の、同年五月から同四年六月まで備後福山藩の支配に割当てられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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