釧路支庁管内の中央部、釧路市を中心に周辺に広がる炭田。その範囲は十勝支庁管内の一部に及ぶ。石炭の理論埋蔵量は約二〇億トンと推定され、北海道では石狩炭田に次ぎ、全国的でも三番目の規模とされる。およそ七〇〇〇万年前の地層が屈曲してできた凹地に堆積した植物・動物遺骸によって生成され、
釧路炭田の開発は前近代末にさかのぼる。幕府は一八五七年(安政四年)、シラヌカのシリイト岬(現白糠町石炭岬)とオソツナイ(現釧路市岩見ヶ浜)で石炭を採掘した。これは箱館が開港場となったことにより、諸外国の汽船に燃料を供給する必要が生れたためである。このうちシラヌカでは七年間にわたり採掘が続けられたが、炭質がもろく崩れやすかったことなどから、六四年(文久四年)採掘は中止され、イワナイ場所
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北海道東部の釧路市を中心に、十勝(とかち)総合振興局管内の浦幌町(うらほろちょう)から釧路総合振興局管内の厚岸町(あっけしちょう)にまたがる炭田。1977年度(昭和52)の260万トンをピークに、1997年度~1999年度(平成9~11)は年213万トンを出炭した。新生代古第三紀層(約4500万年前)から一般炭(亜瀝青(あれきせい)炭)が産出された。硫黄(いおう)分が0.2~0.3%と低いことから電力用に向いており、出炭量の99%が火力発電所で利用された。採炭は江戸時代末期の箱館(はこだて)開港に伴い、外国汽船への燃料供給を目的に開始され、1957年には大小あわせて30の炭鉱が稼行していた。1960年代以降、エネルギー革命や資源枯渇、そして国の石炭政策により閉山が相次ぎ、1970年には阿寒(あかん)町(現釧路市)にあった大手の雄別炭礦(ゆうべつたんこう)が閉山、釧路市の東部に位置する太平洋炭礦のみが採炭を行っていたが、国内炭と輸入炭との価格差が大きく、経営の合理化や多角化を図ったものの、厳しい経営環境下にあった。2001年(平成13)1月、坑内で自然発火事故が起きた影響等で2000年度の出炭量は154万トンと減少、事業継続が困難となり、2002年1月に閉山した。坑内は東西約10キロメートル、南北約8キロメートルにわたって広がり、採掘はすべて太平洋の海底下で行われていた。
[酒井多加志]
『『釧路炭田』(1974・釧路市・釧路叢書)』
Kushiro coal field
北海道東部,十勝東縁から釧路支庁一帯に及び,太平洋海底にのびる大炭田。面積2,500km2以上。揮発分に富む5,000~6,800kcal/kɡの亜瀝青炭を主とし,瀝青炭・褐炭を産出。理論埋蔵量約20億t。東から春採・雄別・白糠・浦幌の4地区に区分。上部白亜系を基盤に,漸新世の浦幌・音別両層群,中新世の厚内層群,鮮新世の本別層群が分布。夾炭
執筆者:井上 英二
参照項目:浦幌層群
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