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雲門文偃 うんもんぶんえんYun-men Wen-yan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

雲門文偃
うんもんぶんえん
Yun-men Wen-yan

[生]咸通5(864)
[没]乾祐1(949)
中国,唐末の禅僧。禅宗五家の一つである雲門宗の祖。雲峰義存 (822~908) の法を継ぎ,広東省の雲門山において禅を発揚し,雲門宗を開いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

うんもんぶんえん【雲門文偃 Yún mén wén yǎn】

862か864‐949
中国,唐末五代の禅僧。匡真大師(きようしんだいし)。嘉興(浙江省東部)の人,姓は張。福州で,雪峰義存の禅をつぎ,韶州で南漢劉氏の帰依をうけて,雲門山光泰禅院を開く。あたかも五代乱離のとき,南漢はやや平和を保ちえたので,門下にすぐれた弟子が出て,雲門宗を形成する。その特色は相手の質問のポイントをつく,簡明直截の句にあり,天子の風ありと称せられて,その語録が尊ばれるほか,宋代に雪竇重顕(せつちようちようけん)が〈頌古百則〉をつくって,その文学性を強める。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

雲門文偃
うんもんぶんえん
(864―949)

中国、唐末五代の禅僧。雲門宗の派祖。賜号は匡真大師(きょうしんたいし)、諡号(しごう)は大慈雲匡聖宏明大師(だいじうんきょうしょうこうみょうたいし)。俗姓は張氏。嘉興(かこう)(浙江(せっこう)省)の人。空王寺志澄(くうおうじしちょう)律師の下で出家し、律を学ぶ。さらに睦州道蹤(ぼくしゅうどうしょう)に参禅し、のちに雪峯義存(せっぽうぎそん)に参じて嗣法する。韶州(しょうしゅう)(広東(カントン)省)の霊樹院(れいじゅいん)に住し、ついで雲門山に禅宇を開いて弟子を教育し、きわめて簡潔な日常語で、ずばり禅旨を述べた。のちにその門派は大いに栄えて雲門宗を形成するに至った。乾和(けんわ)7年4月10日示寂(じじゃく)。雷岳の実性碑、陳守中の碑銘がある。語録に『雲門広録』3巻がある。[石井修道]

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