日本歴史地名大系 「雷村」の解説 雷村いかずちむら 奈良県:高市郡明日香村雷村[現在地名]明日香村大字雷(いかつち)飛鳥川右岸、飛鳥(あすか)村の西北方に立地する。「万葉集」巻三に詠まれた「神岳」の所在地とされる。「日本書紀」雄略天皇七年七月条に、<資料は省略されています>とあり、雷村付近の話と考えられている。集落東に雷丘と称する小丘(一〇五メートル)がある。「万葉集」の「神岳」について「万葉集古義」は「雷岳、すなはち神岳なり、古へ雷をカミといひしなればなり」とある。 雷村いかずちむら 大分県:豊後高田市雷村[現在地名]豊後高田市美和(みわ) 雷野部(のうべ)村の東、桂(かつら)川の支流都甲(とごう)川下流の北側、美和台地の南東部に位置する。江戸時代の領主の変遷は高田(たかだ)村に同じ。小倉藩元和人畜改帳に「いか土村」とみえ、高一九九石余、家数三〇(うち百姓一四、庭屋・牛や・へ屋一六)・人数五九(うち百姓一四・名子三)、牛一二。正保郷帳では来縄(くなわ)郷に属し、田方一〇八石余・畑方七六石余、日損所で茅山・柴山・新田がある。安永三年(一七七四)の島原藩領郷村帳(島原半島史)では高一九三石余、ほかに同所新田一四石余がある。明治八年(一八七五)野部村・川原(かわら)村・田福(たふく)村と合併し美和村となる。 雷村いかずちむら 新潟県:岩船郡山北町雷村[現在地名]山北町雷雷川と向(むかい)川が合流し、小俣(おまた)川となる付近にある。西方下流は大代(おおだい)村。北の雷峠を経て出羽国関川(せきかわ)(現山形県西田川郡温海町)へ通じる出羽街道山通が通る。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図には、雷川と向川に挟まれた所に「大川分いかづち村 中」とみえ、本納二一石三斗五升・縄高二七石八升、家一二軒、「大平村ヨリ七里」と記される。また雷川北岸には「いかづち之は 北村 中」とあり、本納二〇石四斗七升・縄高二六石六斗四勺、家一一軒。北方の峠付近には「いかつち村卅里」と記され、国境を越え「出羽之内庄内分」へ至る。正保国絵図には「雷村」とあり高二〇二石。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by