静仁法親王(読み)じょうにんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「静仁法親王」の解説

静仁法親王 じょうにんほうしんのう

1216-1296 鎌倉時代,土御門(つちみかど)天皇の第4皇子。
建保(けんぽ)4年生まれ。母は源通子(つうし)。寛喜(かんぎ)2年出家。寛元2年親王となる。後深草天皇の護持僧となり,また園城寺(おんじょうじ)長吏,熊野三山検校(けんぎょう)をつとめた。永仁(えいにん)4年4月10日死去。81歳。幼称は五辻宮。

静仁法親王 せいにんほうしんのう

⇒じょうにんほうしんのう

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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