鞍馬寺本堂背後から発見された経塚。鞍馬山の南東斜面中腹にあたり、鞍馬街道からの比高は約一五〇メートル。街道の北の
遺物は明治一一年(一八七八)、大正一二年(一九二三)、昭和六年(一九三一)の三回にわたり、いずれも山腹開削工事に伴って出土、総計三〇〇点をこえる。
経塚は当初小墳丘の上に標識の凝灰岩製宝塔が立っていたらしい。しかし昭和六年の遺物発見時には、石塔は護摩堂背後の山腹に移築されており、経塚との関係は必ずしも明確ではない。内部構造は、発見がいずれも偶然なので詳細にはわからないが、割石積みの小石室を一枚の板石で蓋をしたものが主体とみられ、周囲に追納時の積石塚状の施設のある、複合経塚と考えられる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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