銅銭(読み)どうせん

旺文社世界史事典 三訂版「銅銭」の解説

銅銭
どうせん

または青銅で鋳造した貨幣
中国では周末期から使われ始め,春秋戦国時代までに刀銭布銭蟻鼻 (ぎび) などが鋳造された。始皇帝幣制を統一し,その一環として円形方孔の半両銭を鋳造した。銅銭の形式ができあがったのは前の武帝のときで,このとき鋳造された五銖 (ごしゆ) 銭は良銭として隋代まで正貨の標準とされた。北宋代には銅の大量産出により多く鋳造され,日本へも多量に輸出された。なかでも開元通宝和同開珎などのモデルになった。

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精選版 日本国語大辞典「銅銭」の解説

どう‐せん【銅銭】

〘名〙 銅で鋳造した銭。銅貨
※続日本紀‐和銅元年(708)七月丙辰「令近江国鋳銅銭」 〔史記‐平準書〕

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世界大百科事典 第2版「銅銭」の解説

どうせん【銅銭】

中国では銅を素材として貨幣を鋳造する歴史は古く,銅貝刀貨(銭),布銭(貨)にまでさかのぼるが,一般に銅銭というときは正方形の穴(方孔)を中央部にもつ銅製円銭を指す。古代帝国秦・漢より,元代を除き,清朝末期に至るまで基本貨幣として用いられた。戦国時代には貨幣経済が盛んとなり,とくに都市において商取引が貨幣で決済されるようになると,旧来の布銭や刀貨は角ばって扱いがたく使用に不便であったためか,しだいに円形化したり単純化する傾向が生まれた。

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普及版 字通「銅銭」の解説

【銅銭】どうせん

銅貨。〔史記、平準書論賛〕秦に至るにび、一國のを中(わか)ちて二等と爲し、金には(いつ)を以て名づけ、上と爲し、銅錢には(しる)して兩と曰ひ、重さは其のの如く、下と爲す。

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世界大百科事典内の銅銭の言及

【銭】より

…日本では貨幣の総称として銭という用語が使われるが,金銀貨との比較のうえで銭貨といえば,主として銅銭を意味する。日本最初の官銭としての銭貨は708年(和銅1)鋳造の和同開珎(わどうかいちん)で,以後,万年通宝,神功開宝,隆平永宝,富寿神宝,承和昌宝,長年大宝,饒益神宝,貞観永宝,寛平大宝,延喜通宝,乾元大宝のいわゆる皇朝十二銭が鋳造・発行された。…

【宋】より

…これはいうまでもなく,経済の発展,なかんずく商業の飛躍的な発展によるものである。その点は銅銭の鋳造額にも示される。唐代では752年(天宝11)の32万7000貫が最高であったが,宋初ですでに約80万貫(995),王安石の新法実施中の1080年(元豊3)には506万貫にのぼり,北宋160年間の鋳銭総額は実に2億貫に達したと推定されている。…

【銅】より

…【葉賀 七三男】
【日本における生産,流通の歴史】
 産銅の記録上の初見は698年(文武2)で,因幡国,ついで周防国から銅鉱を献じたといい,708年武蔵国より和銅(にぎあかがね)すなわち自然銅を献じている。朝廷では慶雲の年号を和銅と改め,近江国で銅銭の和同開珎を鋳造させ,ついで河内,山城などでも同銭をつくらせた。しかし銅の採掘はおそらく記録以前に始まり,古墳時代にまでもさかのぼるであろう。…

【刀貨】より

…当時この地域には河川,湖沼や藪沢などの低湿地が多く漁労や狩猟が盛んであったところから獲物の処分に用いる小刀類が貴重視され,交換の媒介に用いられるようになったのであろうと考えられている。なお,いわゆる銅銭,方孔円銭が,刀貨の柄環部の独立して生まれたものであることは記憶しておいてよい。明刀銭【稲葉 一郎】。…

【両替】より

…現在,両替で最も重要なものは貿易決済に伴う外国通貨との両替である。【山口 徹】
【中国】
 中国では漢から清まで鋳貨は銅銭が主体で制銭と称し,補助貨幣として金,砂金,銀,水銀,絹が用いられ,宋からは紙幣や証券が行われ,しかも都市間商業は古くから発達していたから,両替業の起源も古いに相違ない。しかし明確な両替制度が整うのは商業革命期の唐・宋時代である。…

※「銅銭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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