コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

鞍馬寺 くらまでら

7件 の用語解説(鞍馬寺の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鞍馬寺
くらまでら

京都市左京区鞍馬本町にある鞍馬弘教の総本山。 1947年天台宗より独立。宝亀1 (770) 年鑑禎の創建と伝える。くらまの名はクマラの転化で,人類救済の使命を帯びた地球の霊王サナートクマラが奥之院に出現したとの伝による。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

くらま‐でら【鞍馬寺】

京都市左京区鞍馬本町にある寺。鞍馬弘教(こうきょう)の本山。もと天台宗。山号は松尾山。開創は宝亀元年(770)、開山は鑑真(がんじん)の弟子鑑禎と伝える。平安京北方鎮護の寺として、のちに融通念仏の道場ともなり朝野の信仰を集めた。竹切祭鞍馬の火祭は有名。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

鞍馬寺【くらまでら】

京都市左京区,鞍馬山中腹にある鞍馬弘教本山。本尊毘沙門天。もと天台宗に属す。770年鑑真(がんじん)の高弟鑑禎が山頂に毘沙門天をまつったのが始まりというが,未詳。
→関連項目小栗判官京都[市]鞍馬毘沙門天火祭

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル大辞泉プラスの解説

鞍馬寺

京都府京都市左京区にある寺院。創建は770年。鞍馬弘教総本山。本尊の木造毘沙門天立像は国宝に指定。

出典|小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

くらまでら【鞍馬寺】

京都市左京区の鞍馬山にある寺。松尾山金剛寿命院ともいい,鞍馬弘教の総本山。唐僧鑑真の高弟の鑑禎が770年(宝亀1)夢告によって開いたとも,また造東寺長官の藤原伊勢人が796年(延暦15)に創建したともいう。本尊は毘沙門天。北方の王城鎮護の寺として公武の信仰あつく,はじめ真言宗,平安末から天台宗に転じ,その後は延暦寺の末寺。近世の寺領は朱印高226石であった。いくたびか火災にかかり,いまの本堂は1872年(明治5)の再建である。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

くらまでら【鞍馬寺】

京都市左京区鞍馬本町にある鞍馬弘教の本山。山号は松尾山。もと天台宗。770年、鑑禎がんちようの開基と伝える。本尊は毘沙門天。皇城の北方を鎮護する寺として栄えた。牛若丸伝説などで知られる。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鞍馬寺
くらまでら

京都市左京区鞍馬本町、鞍馬山中腹にある鞍馬弘教(こうきょう)の総本山。松尾山(しょうびざん)金剛寿命院(こんごうじゅみょういん)と号する。開山当時は律宗、その後は真言宗であったが保安(ほうあん)年間(1120~24)には青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)の支配下となって天台宗に属した。幕末には一時、日光輪王寺(りんのうじ)門跡の支配下となったが、のち青蓮院門跡下に復し、1949年(昭和24)天台宗を離脱して単立寺院となった。『鞍馬蓋寺(がいじ)縁起』によると、鑑真(がんじん)和上の弟子鑑禎上人(がんていしょうにん)が770年(宝亀1)に霊夢で白馬に導かれて鞍馬山に至り、毘沙門天(びしゃもんてん)像を祀(まつ)る草庵(そうあん)を結んだのが草創という。さらに、796年(延暦15)造東寺長官の藤原伊勢人(いせんど)が観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)を祀る霊地を求めていたところ、貴船明神(きぶねみょうじん)の導きで鞍馬山に至り、毘沙門天と観世音菩薩をあわせ祀ったと伝える。奥の院には魔王尊像(サナトキクマラ、伝狩野元信(かのうもとのぶ)作、秘仏)が祀られており、同寺では毘沙門天像、観音像とともに三身一体の本尊とし、尊天(そんてん)と称している。寛平(かんぴょう)年間(889~898)には東寺の峯延(ぶえん)が入山して根本別当となり、寺院の形容を整えた。平安時代には良忍(りょうにん)や重怡(じゅうい)が参籠(さんろう)して同寺を融通念仏(ゆうずうねんぶつ)の道場となした。浄土教信仰の普及と毘沙門天の現世利益(りやく)の福徳を願う信仰が重なり、鞍馬寺は公家(くげ)、武家、庶民の信仰を集める一方、多くの僧兵が武力を備え、南北朝の内乱や賀茂社との間に争いを起こしている。江戸時代には幕府との関係も深く、十院九坊の寺院組織を形成し、また、「鞍馬の願人(がんにん)」「鞍馬講」などにより庶民の信仰が広まった。
 鞍馬寺に関する伝説は多く、牛若丸(うしわかまる)(源義経(よしつね))、鞍馬天狗(てんぐ)などはよく知られており、山内には牛若丸の修行にまつわる史跡がある。また、峯延が修行中に現れた大蛇を仏法の力で退治したという故事にちなむ竹伐(たけき)り会式(えしき)(6月20日)や、宮中の古式による節分追儺(ついな)式(2月節分)、1717年(享保2)に再興された如法写経会(にょほうしゃきょうえ)(8月1~3日)、ウエサク祭(5月満月の夜)など年中行事も多い。なお境内にある由岐(ゆき)神社祭礼は「鞍馬の火祭」として名高い。
 たびたびの火災により堂舎を焼失、現在の本殿、多宝塔などは近年再建されたものである。寺宝の木造毘沙門天三尊像、鞍馬寺経塚遺物200余点が国宝に、木造聖観音立像、木造兜跋(とばつ)毘沙門天像、紙本墨書鞍馬寺文書、銅灯籠、鍍金三鈷(ときんさんこ)柄剣などが国重要文化財に指定されている。なお1976年(昭和51)に与謝野晶子(よさのあきこ)の書斎「冬柏亭(とうはくてい)」が移築された。[中山清田]
『『古寺巡礼 京都27 鞍馬寺』(1978・淡交社) ▽中野玄三著『鞍馬寺』(1972・中央公論美術出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の鞍馬寺の言及

【常盤御前】より

…【小田 雄三】 幸若舞曲では,常盤御前は才色兼備の貴女として造形され,波乱に富んだ生涯を送ったことになっている。都落ちから清盛の愛妾となったことを扱った《伏見常盤》《靡(なびき)常盤》,女人結界の鞍馬寺に登り,別当東光の阿闍梨(あじやり)と法問を繰り広げたのち,牛若を託したという《常盤問答》,鞍馬寺を出て奥州へ下った牛若の後を追い,山中宿で盗賊に遭って殺害されたという《山中(やまなか)常盤》がある。時に,常盤御前43歳であったという。…

【トラ(虎)】より

…江戸期では狩野探幽,円山応挙,岸駒らの虎図が著名で,寺社の建築装飾(蟇股浮彫など)にも〈竹に虎〉のモティーフはよく用いられている。 ところで,京都の鞍馬寺には,狛犬(こまいぬ)様のトラの石像1対がある。この寺は〈とら〉と関係が深く,縁起によれば,鞍馬山を開創した鑑禎が初めて毘沙門天を拝したのが,寅(とら)の月,寅の日,寅の刻であったという。…

【弁慶】より

…なかでも,義経西国落ちのとき,海上に現れた平家の怨霊を祈り鎮め(船弁慶伝説),北国落ちには渡しや関所(安宅(あたか)の関がとりたてられて,安宅伝説)で義経を無事に落とすため知謀をめぐらし,衣川の合戦では敵の矢を満身に受けながら,立ったまま死ぬ(立往生伝説)などの説話が注目される。
[熊野,五条天神,鞍馬寺]
 《義経記》以外でも《武蔵坊弁慶絵巻》《弁慶物語》,御伽草子の《自剃弁慶》《橋弁慶》があって,これらでも弁慶の父を熊野別当,その生地を熊野としている。《武蔵坊弁慶由来》(静嘉堂文庫)所引の《弁慶願書》(以下《願書》という)では,生地を出雲とし,父を山伏姿の天狗,母を紀伊の田那部の誕象の娘としている。…

【源義経】より

…幼名牛若,九郎と称す。平治の乱(1159)で父義朝が敗死したのち母および2人の兄今若(のちの阿野全成(ぜんじよう)),乙若(のちの円成(えんじよう))とともに平氏に捕らえられたが,当歳の幼児であったため助けられて鞍馬寺に入れられた。この時期の義経の行動についてはまったく不明で,ほとんどが伝説・創作の域を出ない。…

【ムカデ(蜈蚣∥百足)】より

…形が怪奇なのとかまれるとはれて激痛があるので恐れられる。ハガチ,ムカゼなどの方言があり,天部の一つである毘沙門天の使わしめという信仰があって,これを尊敬する寺(鞍馬寺)や地方がある。また関東では赤城山の神がムカデの姿であると伝えられ,赤城神社の鳥居にはこの虫が彫刻されている。…

※「鞍馬寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

鞍馬寺の関連キーワード貴船山鞍馬山京都府京都市左京区頭町京都府京都市左京区鞍馬貴船町京都府京都市左京区鞍馬二ノ瀬町京都府京都市左京区鞍馬本町京都府京都市左京区黒谷町京都府京都市西京区松尾北松尾山京都府京都市西京区松尾南松尾山京都府京都市左京区松ケ崎鞍馬田町

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

鞍馬寺の関連情報