日本歴史地名大系 「飫肥北郷」の解説
飫肥北郷
おびきたごう
- 宮崎県:日南市
- 飫肥北郷
島津庄寄郡のうちで、郷域は現在の北郷町域から日南市
康永年間(一三四二―四五)頃、「島津庄日向方飫肥北郷」弁済使職を水間栄証・忠政父子が相伝の所職と称して地下を押領し、年貢などを抑留したため、島津庄の領家である奈良興福寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
島津庄寄郡のうちで、郷域は現在の北郷町域から日南市
康永年間(一三四二―四五)頃、「島津庄日向方飫肥北郷」弁済使職を水間栄証・忠政父子が相伝の所職と称して地下を押領し、年貢などを抑留したため、島津庄の領家である奈良興福寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...