朝日日本歴史人物事典 「飯田屋八郎右衛門」の解説
飯田屋八郎右衛門
生年:文政1(1818)
江戸末期の陶画工。再興九谷焼に新しい方針を与えた。加賀(石川県加賀市大聖寺)生まれ。家業は染物屋の絵付師であった。天保2(1831)年に大聖寺藩の吉田屋窯を引き継いだ宮本屋宇右衛門に主工として迎えられ,作風も一変させて,白磁胎に濃艶な赤を使って細密な中国画風を展開させ,さらに金泥を細かい線描で加え,中国趣味の強い華やかな色絵磁器を完成させた。この作風を八郎手という。こうして九谷焼は,古九谷様式にこの金襴手が加わり,2大様式が成立した。八郎右衛門の没後,宮本屋窯は衰微した。
(矢部良明)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報