20世紀日本人名事典 「館山一子」の解説 館山 一子タテヤマ カズコ 大正・昭和期の歌人 生年明治29(1896)年3月21日 没年昭和42(1967)年11月14日 出生地千葉県東葛郡土村逆井(現・柏市) 本名日暮 いち(ヒグラシ イチ) 学歴〔年〕土村・増尾尋常高等小学校高等科卒 経歴大正6年頃から8年頃にかけて「詩歌」に所属。のち窪田空穂に師事し「国民文学」に参加。昭和2年、夫田辺駿一と「黎明」を創刊。合同歌集「新風十人」に加わり脚光を浴びる。22年「郷土」を創刊し、主宰。後進の育成にも当たる。歌集に「プロレタリヤ意識の下に」「彩」「李花」「李花以後」「館山一子全歌集」などがある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「館山一子」の解説 館山一子 たてやま-かずこ 1896-1967 大正-昭和時代の歌人。明治29年3月21日生まれ。窪田空穂(くぼた-うつぼ)に師事。昭和2年夫の田辺駿一(のち離婚)と「黎明」を創刊。口語短歌にかたむき,「プロレタリア意識の下に」で注目される。戦後は「人民短歌」に参加。「館山一子全歌集」がある。昭和42年11月14日死去。71歳。千葉県出身。本名は日暮いち。【格言など】人間の終(つひ)のねがひを夫婦におかず親子におかず天地(あめつち)におく(「館山一子全歌集」) 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例