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駿河半紙 スルガバンシ

大辞林 第三版の解説

するがばんし【駿河半紙】

近世、駿河国から産出した半紙。ミツマタを原料とし、茶褐色で弱い。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

駿河半紙
するがばんし

駿河国(静岡県)で漉(す)かれた和紙。天明(てんめい)年間(1781~89)に、駿東(すんとう)郡原村(沼津市原)の渡辺兵左衛門が富士山麓(さんろく)でミツマタ(三椏)をみいだして紙を漉き始め、付近の住人にもその栽培や抄紙(しょうし)を勧めたことから、駿河半紙の名は江戸時代末期から明治時代を通じて全国的に知られた。原料繊維の処理に石灰を用いるため、やや茶褐色を帯びるが、じょうぶであることが特徴であった。しかし、大正以後には機械漉き半紙にかわられた。[町田誠之]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の駿河半紙の言及

【駿河国】より

…茶は駿河国の代表的な産物であった。駿河半紙の生産も中期以後富士,庵原,有渡,安倍,志太郡の山間の村々で盛んになった。山腹の採草地にミツマタ,コウゾを植えるため山論が頻発,駿府,大宮はじめ各地に仲買・問屋が生まれ,原料・資金を前貸しして製品を集荷し,江戸・大坂へ積み出した。…

【三椏紙】より

…また静岡県白糸村は,ミツマタ栽培発祥(1783)の地として伝えられ,石碑が大蔵省印刷局により建立されている。しかし当時はミツマタの特色は認識されておらず,したがって三椏紙などという紙名のものは紙市場には登場せず,駿河半紙(するがはんし)などの雑用紙に用いられていた程度である。本格的な使用は明治以後で,印刷局抄紙部がミツマタを使って,印刷効果の美しい局紙などを開発し,その栽培を奨励したためである。…

※「駿河半紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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