高宮宿(読み)たかみやしゆく

日本歴史地名大系 「高宮宿」の解説

高宮宿
たかみやしゆく

[現在地名]彦根市高宮町

中山道六七宿の一で六四番目。前宿の鳥居本(とりいもと)から一里半、次宿の愛知川(えちがわ)(現神崎郡愛知川町)へ二里(五駅弁覧)。分間延絵図をみると大堀(おおぼり)村から南下してきた街道の宿入口から、村南端近くを流れる高宮川北岸まで人家が立並び、ほぼ中央東側から多賀社への参詣路が分岐している。分岐点には鳥居川石橋が架かり、鳥居が立つ。その南、新町川土橋を渡った東側に本陣・脇本陣が並び、西側に高札場・脇本陣・問屋場がある。高宮川は歩行渡り。

天文一三年(一五四四)九月京都を発った宗牧の「東国紀行」に、一〇月二五日頃「やうやう高宮へつきたり、高宮父子無内外在京の里ともおもふ人なれば、伊勢までをくりの事などいふにをよばず」とあり、天正元年(一五七三)九月の「美濃路紀行」には「高宮より廿日のあしたたちて」とあり、このあと不知也(いさや)川や鳥籠(とこ)山をみて歌を詠んでいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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