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高橋春圃 たかはし しゅんぽ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高橋春圃 たかはし-しゅんぽ

1805-1868 江戸時代後期の医師。
文化2年生まれ。肥後熊本藩医。はじめ漢方医学をおさめ,のち長崎で西洋医学をまなぶ。嘉永(かえい)2年オランダ人医師モーニケから種痘法をまなび,熊本ではじめて種痘をおこない,その普及につとめた。慶応4年4月17日死去。64歳。名は叶,正家。号は桃渓。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高橋春圃
たかはししゅんぽ
(1805―1868)

幕末期の蘭方(らんぽう)医。熊本藩医。肥後(ひご)国阿蘇(あそ)郡の生まれ。名は叶、号は桃渓。天保(てんぽう)(1830~1844)の初め肥後へきた京都の日野鼎哉(ていさい)に出会ったのを機に洋方を志し、長崎へ出て、数年間竹内玄同に師事、帰国後開業した。嘉永(かえい)(1848~1854)の初め、長崎の商館医モーニケから痘苗を得て郷里に種痘法を広めた。有徳の士として知られ、江戸・長崎へしばしば赴き、諸家より新知見を求めた。子の正純(1835―1891)・正直(1843―1921)ともに名医とうたわれた。後年、1928年(昭和3)従(じゅ)五位を贈られた。[末中哲夫]

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