高館跡(読み)たかだてあと

日本歴史地名大系 「高館跡」の解説

高館跡
たかだてあと

[現在地名]森吉町阿仁前田

阿仁あに川中流域左岸、集落を南東方向に見下ろす高台存立。自然の舌状地形を利用した複郭性の中世城館で、数個の郭状平坦面と数条の空堀をもつ。比高はおよそ六〇メートルで、東側を阿仁川、その内側を仙北せんぼく地方に抜ける阿仁街道が通ずる。


高館跡
たかだてあと

[現在地名]鷹巣町坊沢

坊沢ぼうざわの集落北側の台地上にあり、小字名として高館が残る。館の西側を高館沢とよび自然の要害をなす。

戦国・織豊期の館で、「秋田風土記」に「浅利則頼の臣長崎尾張と云者居す。天文一九甲子(ママ)六月一八日秋田家の為に亡滅せり」とある。単郭で北側に深さ三―四メートル、幅四―五メートルの空堀があり、ほぼ長方形の郭をなす。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む