魚津埋没林(読み)うおづまいぼつりん

日本歴史地名大系 「魚津埋没林」の解説

魚津埋没林
うおづまいぼつりん

[現在地名]魚津市釈迦堂

昭和五年(一九三〇)信濃しなのヶ浜で魚津漁港改修工事が開始され、地表より六〇―一一〇センチ掘下げた地点から杉を中心とした立木樹根や倒木が続々と発見された。最も大きな樹根は直径六メートル、周囲一八メートルに及んだ。同一一年に日本海側の地盤の陥没現象を示す資料と評価されて天然記念物に指定され、同三〇年に国指定特別天然記念物となった。発見当初、埋没林は五千年より古く、一万年より新しい時期のものと推測されていたが、埋没林陳列館新築工事中の同二八年頃に縄文時代後期の土器片十数点が樹根の下部にあたる落葉層中から発見され、紀元前五〇〇年以降のものと考えられるようになった。

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最新 地学事典 「魚津埋没林」の解説

うおづまいぼつりん
魚津埋没林

Uozu submerged forest

富山県魚津市魚津港改修のとき(1931)に発見された約2,000年前の化石埋没林。1955年に国の特別天然記念物に指定。化石林は海面すれすれの位置にあり,地下2mの位置に根をおろす。樹種は80%がスギほかは温帯性針葉樹と広葉樹。埋没林博物館に保存展示。その後,吉原沖~四方沖の水深20~40mの位置で,8,000年前,1万年前の埋没林を発見。

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百科事典マイペディア 「魚津埋没林」の意味・わかりやすい解説

魚津埋没林【うおづまいぼつりん】

富山湾に面する富山県魚津市で,漁港整備に際し海底から大量に発見された樹根で,国の特別天然記念物。その数は大小150以上に及び,大きなものでは直径6m,樹齢1000年と推定される大木のものも含まれていた。鑑定によればそのおよそ9割はスギとされるが,本来潮風に弱い樹木であることから,これら天然林痕跡は沿岸部の土地が沈降し海進が起きたことを物語るものとして貴重である。なお,発掘現場近くに展示施設〈魚津埋没林博物館〉がある。

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世界大百科事典(旧版)内の魚津埋没林の言及

【魚津[市]】より

…北陸本線,富山地方鉄道,北陸自動車道が通じる。1930年に魚津港修築時に地表下1.6m(海面下0.6m)から発見された約2000年前の巨大な杉を主とする魚津埋没林(化石林)は特別天然記念物に指定されており,また81年新装なった水族館も屈指の設備を誇る。4~5月ごろ自然条件に恵まれると見られる沖合の蜃気楼は近年出現回数がきわめて減少している。…

【富山[県]】より

…富山湾沿岸では東部から中部にかけて,海岸浸食による陸地の後退が著しい。魚津港沖に見られる海底埋没林(魚津埋没林)は2000年以上前に陸地の沈降によって生じた現象で,特別天然記念物に指定されている。 富山県の気候は日本海側気候に属し,年間降水量が平野部で2500mm前後,南東の飛驒山脈の山岳地帯では4000mmを超える。…

【富山湾】より

…日本海のほぼ中央部,能登半島東側の仏(ほとけ)島と黒部川扇状地の突出部,生地鼻(いくじはな)で限られた海湾。沿岸部は,西部の灘浦と雨晴(あまばらし)の岬付近が岩石海岸であるほかは,平滑な曲線状の砂浜,砂礫海岸であり,夏は海水浴客でにぎわう。富山湾の海底地形は,富山平野を二分する呉羽(くれは)丘陵の延長上にある〈神通(じんづう)海脚〉の大突出によって西海区と東海区に分けられている。〈神通海脚〉以西の西海区では大陸棚が4~6kmと比較的広いが,黒部川扇状地地先の東海区では1~2kmと狭く平均傾斜約7度で水深800~1000mの海床に連続している。…

※「魚津埋没林」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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