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鴻池新六 こうのいけ しんろく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鴻池新六 こうのいけ-しんろく

鴻池新右衛門(こうのいけ-しんえもん)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鴻池新六
こうのいけしんろく
(1570―1650)

鴻池家の始祖。新右衛門(しんえもん)ともいい、幸元(ゆきもと)と称す。家伝では、遠祖山中鹿介幸盛(しかのすけゆきもり)の次男であり、摂津川辺(かわべ)郡鴻池村(兵庫県伊丹(いたみ)市)で成長、武士を捨て濁り酒の行商をし、慶長(けいちょう)年間(1596~1615)澄酒(すみざけ)(清酒)醸造を始める。『摂陽落穂集(せつようおちぼしゅう)』は、鴻池山中酒屋の下男が、主人に腹いせのため灰を酒桶(さかおけ)に投げ込んだのが、偶然清澄な香味のよい酒に変わり「夫(それ)よりにごり酒にすまし灰を入れ、清くすみ渡りたる上酒とし、売初め」「次第(しだい)と商売繁昌(はんじょう)し、後世富家の第一となりたる」という。諸白(もろはく)造り、灰汁(あく)入り造りは、それ以前からあるが、後年の名声により鴻池の清酒が元祖とされる。また、2斗入り2樽(たる)を1荷とし、担って江戸に下り、流通経費銭350~360文を要したが、酒1升200~300文という高値で江戸の大名衆に販売し「美酒なき故、うばひとりがちに売りはやらかし、頻(しき)りに上下して夥(おびただ)しく利をえた」ので、4斗入り2樽を馬1駄(だ)として数十駄ずつ送り、清酒江戸積みの元祖とされる。新六には8男2女があり、二男秀成(ひでなり)(分家山中家祖)、三男之政(ゆきまさ)(和泉(いずみ)町鴻池家祖)は、大坂に出て酒造業を始めた。新六も、1619年(元和5)大坂内久宝寺(うちきゅうほうじ)町で酒造を始め、九条島(港区)開発後、廻船(かいせん)で江戸へ積み送ったといわれている。[川上 雅]
『宮本又次著『大阪経済文化史談義』(1980・文献出版)』

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世界大百科事典内の鴻池新六の言及

【鴻池善右衛門】より

…江戸時代以来の大坂の豪商鴻池家の初代。名は正成。祖父は尼子氏の武将山中鹿介幸盛と伝えられる。父新六は摂津国伊丹の鴻池村の大叔父山中信直に養われた。新六は長じて,酒の江戸への陸送や清酒の製造を始めて成功した。善右衛門正成は新六の八男であって,次男善兵衛は1615年(元和1),三男又右衛門は17年に大坂に出て醸造を業とし,19年には新六も大坂に移った。25年(寛永2)正成18歳のとき大名貸を始め,また九条島において海運業を開始した。…

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