鷺山城跡(読み)さぎやまじようあと

日本歴史地名大系 「鷺山城跡」の解説

鷺山城跡
さぎやまじようあと

[現在地名]岐阜市鷺山・正木

長良川と鳥羽(とば)川の間に位置する独立丘鷺山(六七・六メートル)にある。「美濃明細記」によれば、佐竹秀義が要害を構えたのが初めという。その後永正(一五〇四―二一)末に土岐頼芸が築城し、次いで斎藤道三が居城したが、弘治二年(一五五六)斎藤義龍との戦いで敗死、以後廃城になったと伝える(「美濃雑事紀」「土岐累代記」など)。一方、永正六年頃に土岐政房によってその居城が革手(かわて)から当城に移されたとも考えられている。明応五年(一四九六)の城田寺(きだいじ)の合戦では、斎藤妙純が舎衛(しやえい)寺に入った石丸(斎藤)利光軍に対し、長良早田(そうでん)に兵を集め、長良川を渡河して鷺山の東北に陣を布き、斎藤利綱も鷺山に陣を張ったという(船田戦記)。


鷺山城跡
さぎやまじようあと

[現在地名]成田市下方

印旛(いんば)沼東岸の台地上、字根古屋(ねごや)にある。公津(こうづ)城ともいう。土塁や帯曲輪・空堀・物見台などの遺構がよく残り、現成田市域の城跡では寺台(てらだい)城跡と並んで最大級の規模をもつ。城跡の北端の本丸と思われる地点には千葉氏一族の守護神である妙見菩薩を祀る妙見社がある。菩薩像の台座裏面に「村岡五郎守本尊ナリ」の墨書銘があるが、村岡五郎とは千葉氏の祖とされる平良文をさしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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