武隈の松(読み)たけくまのまつ

精選版 日本国語大辞典 「武隈の松」の意味・読み・例文・類語

たけくま【武隈】 の 松(まつ)

  1. 古代、宮城県岩沼市に置かれていた城館、武隈館にあった二株の老松。歌枕。
    1. [初出の実例]「栽し時契やし釼たけくまの松をふたたびあひ見つる哉〈藤原元善〉」(出典:後撰和歌集(951‐953頃)雑三・一二四一)

武隈の松の語誌

「たけくまの松はふた木をみやこ人いかがと問はばみきとこたへん〈橘季通〉」〔後拾遺‐雑四〕と歌われるように、相生の松であった。文献上は挙例の方が古いが、詞書には、枯れていたので小松を植え継いだとあり、それ以前から存在していたことが知られる。以降、能因法師や西行法師が訪れた折には枯れていたが、「奥の細道‐武隈の松」では、芭蕉は「桜より松は二木を三月越し」と詠じている。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

日本歴史地名大系 「武隈の松」の解説

武隈の松
たけくまのまつ

二木ふたきの松ともよばれる。「後撰集」に、「みちのくにのかみにまかりくだれりけるに、たけくまの松のかれて侍りけるをみて、こまつをうゑつがせ侍りて、任はててのち又おなじくににまかりなりて、かのさきの任にうゑし松を見侍りて」という詞書をもつ藤原元善の次の歌がある。

<資料は省略されています>

長保二年(一〇〇〇)頃陸奥国で没した源重之の「重之集」には、「たけくまのまつも一本かれにけりかせにかたふくこゑのさひしさ」とみえる。「拾遺集」「後拾遺集」などにも武隈の松が詠まれ、とくに陸奥国に二度旅したとされる能因は「たけくまのまつ、はしめのたひは、かれなからもくひなとありき、このたひは、それもなし」の詞書をもつ「たけくまのまつはこのたひ跡もなし千とせをへてや我はきつらん」を詠み(能因集)、「能因歌枕」には「たけくま」があげられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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