平安中期の歌人。清和(せいわ)天皇の皇孫で兼信(かねのぶ)の子。父兼信が陸奥(むつ)に土着したため、伯父兼忠に養われた。三十六歌仙の1人。冷泉(れいぜい)天皇の東宮時代に帯刀先生(たてわきせんじょう)となり、そのおりわが国最古の百首歌の一つ『重之百首』を詠進した。相模権守(さがみのごんのかみ)、肥後守、筑前(ちくぜん)守などを歴任した受領(ずりょう)層歌人であり、また藤原佐理(すけまさ)や藤原実方(さねかた)を頼って筑紫(つくし)や陸奥(むつ)に下向するなど旅をよくした。そのため羇旅(きりょ)歌人的色彩が濃く、詠歌にも歌枕(うたまくら)が頻出する。同時に身の不遇を嘆く歌も散見され、交友歌人も源順(したごう)、曽禰好忠(そねのよしただ)、平兼盛(かねもり)ら沈淪(ちんりん)の歌人が多い。『百人一首』の「風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃(ころ)かな」の作者で、家集に『重之集』がある。
[川村晃生]
平安中期の歌人。生没年不詳。清和天皇の曾孫。父は従五位下兼信。帯刀長(たちはきのおさ)在任中に東宮に献じた百首歌は整った形式の創始期の作として知られる。その後967年(康保4)に従五位下右近将監,さらに左馬助,相模権守等に任ぜられたが,995年(長徳1)ころ陸奥に下り,同地で没した。歌集《重之集》に陸奥をはじめ旅の歌が多く,百人一首に〈風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けて物を思ふころかな〉(《詞花集》巻七)が入る。三十六歌仙の一人。
執筆者:藤岡 忠美
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(青木賜鶴子)
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