ミャンマー(ビルマ)の首都。2005年にエーヤワディー(イラワディ)川の河口に近い旧首都ヤンゴン(ラングーン)から行政機能が移転された。公称の人口は92万4000(2009)。シャン高原の西の縁とバゴー山地とのあいだを流れるシッタン川上流の平野に位置するピンマナ町周辺は、第二次世界大戦中はアウンサン率いるビルマ国軍の拠点であった。このピンマナと隣接2町にわたる低木林が広がる土地にネピドー(「王の住む地」の意)が新設された。ヤンゴンとミャンマー中央部の歴史的都市マンダレーのほぼ中間にあり、鉄道によって両市と結ばれている。イギリス植民地時代以来の中心都市ヤンゴンは土地が狭く、都市建設の余地がないことが首都を新設移転する理由としてあげられた。しかし実際は、海岸近くに立地するため、防衛上弱点のあるヤンゴンには商業的機能だけを残し、軍事政権は民族独立運動で対立しているシャン人、カレン人など少数民族の居住地に近い土地に広大な軍事施設を併設した新しい政治都市を建設する方策を選んだと理解することができる。
建設事業は2002年に始まり、2005年11月には省庁と軍の大規模な移転作業が開始され、その後各省庁舎、政府機能の移転が引き続き行われた。幹線道路は60メートルを超える幅があり、記念広場、市庁舎、多数の公務員用共同住宅(4階建てが主)、大規模商業施設、学校、ホテル、さらに宝石博物館、動物園、薬草園、親水公園など文化施設がつくられ、ピンマナ空港は拡張されネピドー空港になった。記念広場横の台地には3代のビルマ王朝の始祖3王の巨像がそびえ立つ。黄金(こがね)色に輝くヤンゴンにある仏塔、シュエダゴン・パゴダと大きさも形も似たウパッタサンティ・パゴダ(平和パゴダ)という巨大な仏塔も建立された。官庁地区、住居地区から分離された軍用施設へは、民間人の立入りは禁止されている。外国公館移設のための用地は準備されているが、各国大使館はまだヤンゴンに残されたままである。軍政の首都としては機能しているが、普通の市民の影は薄い無機的な町である。
[酒井敏明]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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