りゅうこうじん
柳江人
Liujiang man
中国広西チワン族自治区,柳江区に位置する通天岩洞窟で1958年に発見された人類化石。下顎骨を除きほぼ完形の頭蓋,下位胸椎,腰椎,仙骨,右寛骨,左右の大腿骨骨幹部が遺存。その他,後期更新世の哺乳類化石も伴うが,石器などの人工遺物は確認されていない。年代は,洞窟内の層序が複雑であることもあり争点となっているが,少なくとも6.8万年前,おそらく13.9万~11.1万年前よりも遡るという推定結果がある。しかし,頭蓋に現代型サピエンスの特徴が明瞭にみられることから,特に後者の年代については懐疑的な意見が多い。頭蓋の形態解析から,石垣島から出土した白保4号人骨との近縁性が指摘されている。
執筆者:岡崎 健治
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報
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柳江人
りゅうこうじん
中国南部,広西壮族自治区柳江県の洞窟で 1958年に発見された新人の化石。熟年の男性で,頭蓋のほかに椎骨,肋骨,寛骨,大腿骨が出土している。文化遺物は発見されていない。周口店の山頂洞人に比べると身長が低く,顔面骨格が広型であり,正確な年代はまだわかっていないが,日本列島の港川人や縄文時代人に比較的近い形態をもっている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の柳江人の言及
【縄文人】より
…地方差については,小片保は日本列島を二分して,東北部と西南部の縄文時代後期人を比較し,前者は後者よりも顔面が高く,長身であることを見いだしたが,その差は著しいものではない。
[縄文人の系統]
山口敏は,縄文人は同時代の華北新石器時代人よりも,後期旧石器時代の華南の柳江人と類似していることを証明し,農耕民である華北新石器時代人は,早くから現代人的な形態特徴をもっていたが,縄文人は狩猟,漁労,採集を基盤とする生活を続け,旧石器時代人的な形態特徴を長く保持していた集団であろうと述べている。鈴木尚は,洪積(更新)世人類である沖縄の[港川人]が華北の[上洞人]よりも華南の柳江人や縄文人に近いことを明らかにし,〈港川人は柳江人とはいとこの関係にあると同時に,縄文人の遠い祖先と見なすことができそうである〉と述べている。…
※「柳江人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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