哺乳類の下顎(下あご)の骨格。人体解剖学上の名称で,比較解剖学的には〈歯骨dentary〉が正しい。あごをもつ脊椎動物の下顎の骨格の原始の姿はサメなど現存の軟骨魚類のもつ〈下顎軟骨〉に見ることができる。進化がすすんで棘魚(きよくぎよ)類,硬骨魚類などの段階になると,もとからある下顎軟骨の周囲に数種類の骨が二次的に発生し,下顎骨格は片側が数個の骨で構成されるようになる。硬骨魚類,両生類,爬虫類,鳥類の下顎骨格は原則的にこの状態にある。そのうち後部の関節骨と角骨は,爬虫類が哺乳類へ進化した過程で変形し,頭蓋骨の側へ移ってそれぞれつち骨と鼓骨に転化する。他方,下顎の前部にあって歯を備えた歯骨は,進化の過程でしだいに拡大した。二次的なその他の構成骨はやがて退化消失し,ついに哺乳類では歯骨だけが下顎の骨格をなすようになった。下顎軟骨は退化しながらも存続しており,哺乳類では胎児期に一時現れたのち消失する。このように退化して残存している下顎軟骨を〈メッケル軟骨〉という。
下顎を上顎に結ぶ関節つまり顎関節は,爬虫類では頭蓋の方形骨と下顎の関節骨の間にあるが,哺乳類では鱗状骨(哺乳類では側頭骨という)と歯骨の間にある。歯骨のこうした事情は哺乳類の最大の特徴の一つであり,歯骨を哺乳類では下顎骨と呼びかえるのはそのためである。
上顎に対応して,下顎骨の縁には歯が植わっている。中生代の原始哺乳類ではその数は不定だったが,高等な有胎盤類(真獣類)では歯形が前から切歯・犬歯・小臼歯・大臼歯の4種に分化し,その数は基本型では3・1・4・3であった(上顎の歯も同じ)。これらのうち切歯・犬歯・小臼歯には乳歯があり,一生に一度だけ生えかわりをおこすのが原則だが,現在の哺乳類ではその数と形に多様な変化がおこっている。大多数の哺乳類では左右に分かれているが,ゾウ,イノシシ,霊長類では正中線で合体して一つの骨になっている。左右あわせると馬蹄形をしており,中央部を下顎体,両側で後上方に延びている部分を下顎枝という。体の上面には歯槽という穴が歯の数だけあって,ここに歯が植えこまれている。枝の上端は関節突起と筋突起とに分かれ,前者は顎関節の関節頭をなし,後者はそしゃく筋の一つである側頭筋が着いている。枝の内側面には下顎孔があり,ここからもとメッケル軟骨のあったところである弓形の下顎管が骨の内部を前下方に向かって走り,体の外側面の頤(おとがい)孔に出る。この管の中には下歯槽動・静脈と下歯槽神経が通る。頤が前方に突出しているのは現代人の特徴である。下顎枝と関節突起の形は動物の食性を表しているから,下顎骨を見ただけでその動物が草食性か,肉食性か,雑食性かをいいあてることができる。
→顎(あご) →耳小骨 →歯
執筆者:藤田 恒太郎+田隅 本生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この発見は解剖学史上,進化史上,重要な発見であった。下顎骨mandible(mandibula[ラテン])下あごの支柱をなす骨。ヒトでは正中線で合着し,一つの骨になっている。…
…【原田 英司】
【脊椎動物のあご】
脊椎動物では,あごとは口腔の上および下の領域を指し,上顎と下顎があるが,その範囲は明確でない。下顎は下顎骨を中核とし口を開閉するために上下に動く部分の全体である。上顎は口を閉じたとき下顎に対応し,口の天蓋(てんがい)をなす部分の全体だが,その境界ははっきりしない。…
…広義にはこの構造と下あごの骨格との複合体を指し,さらに最も広義にはこれらのほか,舌骨やえらの骨格までも含めた全体的骨格を意味する。頭骨はまた頭蓋(ずがい)(cranium,解剖学では〈とうがい〉とよむ)ともいい,俗に頭蓋骨ともいうが,頭蓋は狭義の頭骨で,ふつうは下顎(かがく)骨格を含まない。比較解剖学的には本来最も広い意味に解すべきだが,ここでは広義にとり,頭骨は頭と下顎骨格とからなるものとしておく。…
※「下顎骨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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