駒井哲郎(読み)こまいてつろう

百科事典マイペディア 「駒井哲郎」の意味・わかりやすい解説

駒井哲郎【こまいてつろう】

版画家。東京生れ。東京美術学校卒。西田武雄主宰の日本エッチング研究所で銅版画を学ぶ。フランス語建築設計なども学ぶが,1944年陸軍召集。第2次大戦後,日本版画協会春陽会などに出品。1953年資生堂ギャラリーで初個展。多摩美大,東京芸大の教授を務めた。緻密な線刻による抒情あふれる幻想的な作風が評価された。著書に《銅版画のマチエール》がある。
→関連項目町田市立国際版画美術館

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「駒井哲郎」の意味・わかりやすい解説

駒井哲郎
こまいてつろう
(1920―1976)

版画家。東京生まれ。慶応義塾普通部(旧制中学)在学中に日本エッチング研究所で西田武雄(たけお)に銅版画を習い始める。東京美術学校油絵科在学中に文展に銅版画が入選し、1942年(昭和17)同校を卒業。48年(昭和23)日本版画協会で受賞、会員となる。51年春陽会版画部会員となり、サンパウロビエンナーレ展で『束の間(つかのま)の幻影』が受賞。54~55年パリ国立美術学校でビュラン(彫刻銅版)を学ぶ。東京芸術大学教授として後進を指導したほか、詩画集の仕事が多い。

[小倉忠夫]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「駒井哲郎」の解説

駒井哲郎 こまい-てつろう

1920-1976 昭和時代の版画家。
大正9年6月14日生まれ。西田武雄に銅版画をまなび,昭和16年新文展に入選。26年春陽会会員となり,第1回サンパウロ-ビエンナーレで受賞。29-30年滞仏。幻想的な作風で知られ,詩画集もおおい。47年東京芸大教授。昭和51年11月20日死去。56歳。東京出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。作品に「束(つか)の間の幻影」など。

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