日本大百科全書(ニッポニカ) 「田中澄江」の意味・わかりやすい解説
田中澄江
たなかすみえ
(1908―2000)
劇作家、小説家。東京生まれ。旧姓辻村(つじむら)。東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)国文科在学中から『舞台』『劇作』に投稿。1934年(昭和9)劇作家田中千禾夫(ちかお)と結婚。最初の長編戯曲は39年文学座上演の『はる・あき』。第二次世界大戦後、私戯曲といわれる『悪女と眼(め)と壁』(1948)を第一作に、『京都の虹(にじ)』(1950)、『鋏(はさみ)』(1955)、『つづみの女』(1958)などを発表、自我意識の強い女性の眼と豊かな感性に基づき、夫婦および男女の愛憎を描いた。1952年(昭和27)にはカトリックの洗礼を受け、『がらしあ・細川夫人』(1959)、創作オペラ台本『二十六人の殉教』(1997・長崎初演)もある。1949年から映画シナリオの執筆が多く、1960年代の後半からは小説にも筆を染め、『カキツバタ群落』(1973)で芸術選奨文部大臣賞を受賞。病床の夫との交流を描いた『夫の始末』(1995)も注目を浴びた。登山愛好家としても知られ、『花の百名山』などの著書もある。
[石澤秀二]
『『田中澄江戯曲全集』全2巻(1959・白水社)』▽『『カキツバタ群落』(1973・講談社)』▽『『花の百名山』(文春文庫、愛蔵版再刊1997・文芸春秋)』