日本大百科全書(ニッポニカ) 「アジア的共同体」の意味・わかりやすい解説
アジア的共同体
あじあてききょうどうたい
ヨーロッパ列強によって植民地あるいは半植民地とされる以前の旧アジア社会の基礎をなしていたとされる共同体。マルクスは「資本制生産に先行する諸形態」(草稿『経済学批判要綱』1857~1858)で、古典古代的共同体、ゲルマン的共同体との対比においてアジア的共同体を特徴づけた。『資本論』(第1部第12章)では、インドを直接の素材として、アジア的共同体が、(1)土地の共有、(2)農業と手工業との家内的結合、(3)固定されたカースト的分業、の三つの要素からなるとされている。そして、このアジア的共同体が相互に孤立したまま、無数の原子のように散在しているうえに、アジア的専制国家が聳立(しょうりつ)しているのがアジア社会の特徴とされた。このような旧アジア社会のイメージは、マルクスのみならず、19世紀ヨーロッパ思想にほぼ共通するものであった。それは今日の日本においても、大塚久雄の『共同体の基礎理論』(1955)などを通して一般に受け入れられている。しかし、近年、アジアやアフリカの社会についての歴史学的、人類学的研究の発展によって、このような旧アジア社会のイメージが、実体としてのアジア社会のあり方からはほど遠いものであり、むしろヨーロッパ人のアジアに対する偏見に多く根ざすものであることが明らかになった。アジア的共同体という概念そのものが成立しうるものなのかという問題を含めて、アジア的共同体論は根本的な再検討を迫られている。
[小谷汪之]
『小谷汪之著『マルクスとアジア』(1979・青木書店)』▽『小谷汪之著『共同体と近代』(1982・青木書店)』