アフラク(読み)あふらく(その他表記)Michel Aflaq

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アフラク」の意味・わかりやすい解説

アフラク
あふらく
Michel Aflaq
(1910―1989)

シリア政治家、政治思想家。バース党創設者。ダマスカス生まれのギリシア正教徒。パリに留学し、帰国後教員となる。1940年代にビタールalā al-Dīn al-Bīār(1912―1980)とともにバース党を創設、1965年まで書記長を務めた。1949年文相。1963年バース党が政権を掌握したあと党内の文民穏健派を指揮したが、1966年2月文民急進派と軍人グループにより党を追われレバノン、ブラジルに亡命。1969年イラク招聘(しょうへい)され、その後バグダードを拠点とするバース党パン・アラブ指導部の書記長となる。その後の大半はベイルートに滞在するが、1975年にレバノン内戦勃発(ぼっぱつ)するとイラクに移住した。主著に『バースのために』がある。

[木村喜博]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アフラク」の意味・わかりやすい解説

アフラク
`Aflaq, Michel

[生]1910. ダマスカス
[没]1989.6.23. パリ
シリアの政治理論家,政治家。ソルボンヌ大学教育を受け,マルクス主義に接近。 1940年統一,自由,社会主義を目指すバース党を創設。 1949年教育大臣。バース党の書記長および理論的指導者として影響力をもち,1955年共産党と協力して党勢を伸ばしたが,右翼反動を恐れてエジプトとの連合に尽力し,1958年アラブ連合共和国を成立させた。 1966年2月クーデターで逮捕され,のち亡命。

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百科事典マイペディア 「アフラク」の意味・わかりやすい解説

アフラク

ミシェル・アフラク

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