日本大百科全書(ニッポニカ) 「アーキズーム」の意味・わかりやすい解説
アーキズーム
あーきずーむ
Archizoom
イタリアの建築家、デザイナーのグループ。フィレンツェをベースに展覧会や出版による活動、家具や照明などのデザイン、そしてラディカルで未来主義的な都市の提案を行った。正式名称はアーキズーム・アソチアティArchizoom Associati。同じく建築運動を行っていたスーパースタジオと共同開催した展覧会スーパーアーキテクチャー(ピストイア、1966。モデナ、1967)でラディカルなデザインや計画を出展し、国際的な注目を浴びた。
アーキズームは1966年に、アンドレア・ブランジAndrea Branzi(1938―2023)、ギルベルト・コレッティGilberto Corretti (1941― )、パオロ・デガネッロPaolo Deganello(1940― )、マッシモ・モロッツィMassimo Morozzi(1941―2014)によって結成され、1968年にはダリオ・バルトリーニDario Bartolini(1943― )とルチア・バルトリーニLucia Bartolini(1944― )が加わるが、1974年に解散した。
代表的な作品は「ノーストップ・シティ」(1970)と題された未来都市の提案である。同世代のロンドンの建築家グループ、アーキグラムが提案した「インスタント・シティ」の技術指向による未来都市提案に対して、アーキズームは均一的な空間にキッチュな、消費社会を象徴するプロダクトやポップ・アートを配し、未来都市のイメージを消費社会の延長として表現した。
アーキズームによるプロダクト・デザインは合理的なイタリアン・モダンをベースに、ポップな形でウィットにあふれる。たとえばスーパーロンダ(1966)は古典的なランプや手摺子(てすりこ)(手すりを支えるもの)の形で切り抜いたソファ。ミース(1969)はミース・ファン・デル・ローエのデザインしたバルセロナ・チェアの質感を再現した椅子(いす)、サファリソファ(1968)はキッチュな豹皮(ひょうがわ)を張ったラウンジソファである。一方、金属でつくった椰子(やし)型のフロアスタンド、サン・レモ(1970)、そしてパオロ・デガネッロのデザインによる布とプラスチックシェルを組み合わせたシンプルな椅子AEO(1973)などもあり、これらは後のポスト・モダニズムのコンセプトにつながっていく。
1972年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された「イタリア――新しい室内環境」展にアーキズームが出品した「電気的共謀センター」は、さまざまな国で収集したオブジェを並べ、グレーに塗りこまれた香水の香り漂う部屋で、見学者の想像力を最大限に解放し、イタリアの若手建築家のラディカリズムの表現を観客に印象づけた。
[鈴木 明]
『磯崎新著『建築の解体――一九六八年の建築情況』(1997・鹿島出版会)』▽『Emilio Ambasz ed.Italy ; The New Domestic Landscape (1972, Museum of Modern Art, New York)』